第8話 実行不可能

「WIOってのは、よほどお偉いさんを苦しめているようだな。捜査一課に来たかと思えば、すぐにお偉いさんたちから首実検されるとは、面白すぎるだろ」

 小川は晴人の態度を気にせず、ずばずばとそんなことを言う。愛海だったら睨まれて嫌味を言われるレベルの話だ。

「日本のネットが脆弱なのが悪いんだがな。そこを突く犯罪として最悪レベルなのがWIOだ。しかも所属しているのは日本人だけじゃないものだから、余計に始末に負えない。だが、国際手配をしようにも、ネットの中にいるからどこの誰か解らない。だから、唯一警察に応じた俺に目くじらを立てているんだよ」

 しかし、晴人は気を悪くした様子はない。むしろ愛海が聞いたって答えてくれないことをしっかり答えている。

 なんだ、その扱いの差は。愛海はむすっとしてしまう。

「へえ。つまり、あんたがWIO捜査の唯一の手掛かりってわけか。そりゃあ、あれこれ調べたくて仕方ないわな」

 小川は愛海の反応にも苦笑しつつコーヒーを飲んだ。なるほど、この件にWIOが絡むかもしれないとなって、上が大騒ぎするのは仕方がないというわけだ。殺人事件も奇妙だったが、事件が別の様相を持つとは困ったものである。

「それより、殺人事件に関してだ。傷口が奇妙だというのは解った。その傷をつけられるのはレーザーだろうという推測なんだな」

 晴人も一口コーヒーを飲んだところで話を殺人事件に戻した。何にせよ、殺人事件を解決しないことには捜査一課に睨まれ続ける。だったら、早期解決を目指すのみだ。

「そうだったな。現場の写真はこれだ。ここで、レーザーで打ち抜かれなかのような死体があった。おかしいだろ」

「殺された現場が違うんじゃないのか」

 写真を受け取り、晴人はここではレーザーを使った犯行は無理だろうと断言する。あまりにも狭いというのは愛海の説明で解っていたが、この場所で凶器を振り回すなんて無理だ。それほどまでに通路がない。言い換えれば散らかっている。

「そう。鑑識もそれを最初に疑ったが、死体を動かした形跡がなかったんだ。つまり、研究室の机の上で息絶えたのは間違いない」

「ふうむ」

 なるほど奇怪な事件だと、晴人はペットボトル入りのコーヒーを飲みながらじっと写真を睨みつける。三つくっ付けた形で置かれた机、そして机の大半を占拠するパソコンと書類や本。その間にある死体は事件が起こった時点から変化していないという。これはなかなか難問だ。

「傷がレーザーのようだというだけで、断言はしきっていないんだったよな」

「ああ。でも、あんたも真っ先にレーザーと考えたんだろ」

「まあね。ただ、これは」

 死体のすぐ傍にある本棚に機械を仕込むことも無理だからなあと、晴人は言葉が続かない。そう、死体の血が飛び散っていないこと、刺されたように見える傷という情報から、導き出される答えはレーザーだったが、この場所では実行不可能だ。ここが最大の難問になる。

「死亡推定時刻は一昨日の十一時から昨日の二時の間。おかげで被害者の研究室に出入りしている奴全員にアリバイがない」

 さらに容疑者が絞り込めないという問題点もあった。これには愛海だって溜め息を吐いてしまう。

「たしか、あの研究室に頻繁に出入りしていたのは四人でしたね」

 愛海の確認に、小川はその通りと頷くと、空き缶をゴミ箱に捨てて、スーツの胸ポケットから出した手帳を開いた。

「まず、現場にあった三つの机だが、一つはもちろん被害者のものだ。三つのここ、窓側のいわゆる誕生日席だな。で、残る二つが研究を手伝っていたという研究員のものだ。まず二宮勝紀にのみやかつのり、三十三歳。中井の共同研究者で現在はあの大学の非常勤講師だそうだ。よく中井とケンカしていたという情報もあるが、殺すほどかどうかは不明。もう一人は研究員の川畑彩かわばたあや、三十歳。大学でのポストはなく、中井に個人的に雇われているってことだが、この意味って解るか」

 小川は個人的に雇うってどういうことだと訊く。大学で働いているのだから大学の職員じゃないのかと思うが、違うという。ひょっとして中井とただならぬ関係なのかと勘繰ってしまうところだ。

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