第6話 疑惑
「鑑識も傷の形状からレーザーに似ているとはいえるが、レーザーを使ったとするのは現実的ではないという。しかし、電熱線で代用しようとすると、あの死体は説明できないそうだ」
「それはそうだろうな。電熱線で心臓を突いたとしても、表面の皮膚を焼き切るのに相当な時間を要するだろう。包丁を突き刺してから焼いたとしても、そうか。形状が合わないんだったな。しかも、そこまで手の込んだ殺人を行うような容疑者がいないってわけか」
「くっ」
小川が舌打ちするのが解った。しかし、どんどん進んでいく話に、愛海は一体何がどうなっているんだと呆然としそうになる。が、いかんせん運転中だ。どれだけ驚いても安全運転を心掛けなければならない。
「ともかく、警視庁でゆっくり話を聞くよ。もうすぐ着くみたいだからな」
晴人は見えてきた警視庁の建物に、まるで面白いパズルに出会ったかのように、にやっと笑うのだった。
捜査一課に着くと、事件に関して詳しい情報が与える間もなく、晴人はそのまますぐに会議室へと通された。しかし、そこは帳場として使われている会議室ではない。警視庁の最上階に近い場所にある会議室だ。さらにずらっと会議室に居並ぶのは、刑事部長をはじめとしたお偉方ばかりだった。
「随分と警戒されているようだ」
晴人は肩を竦めるだけだが、愛海はもう縮こまるしかない状況だ。監視役だから一緒に入れと言われてしまったが、できれば辞退したかった場所である。
「緒方晴人。君が司法取引に応じ、その後は警察に日々貢献してくれていることは知っている」
不真面目な晴人の態度を注意することなく、刑事部長の長谷川がそう切り出す。
「もちろん、WIO壊滅のために日々努力していますよ。私もあの組織にはうんざりしていますから」
晴人は神妙な顔をして頷く。
実際、WIOを裏切る決断をしたのは晴人だ。どういう経緯があり、どういう取引があったのか愛海は知らされていないが、こういう生活になること込みで頷いたのは晴人の決断である。
「では、今回の事件に関して知っていることを話してくれるな」
長谷川の促しに、晴人は肩を竦める。
「そう言われましても、被害者の中井に関して俺は何も知りませんよ」
「人工知能に関して、君は詳しいんだろ。中井の名前を聞いたことがないとは言わせない」
晴人の言い訳は、サイバー犯罪対策課の課長、
「学者としての彼は知っていますよ。論文を拝読しました。しかし、WIOに関与していた点に関しては知りません」
松島の指摘にも、晴人は冷静に切り返す。
その様子に、会議室にはううんと唸るような声が上がった。どうやらどこかで晴人が噛んでいるのではないか。その考えがあったらしい。愛海はますますハラハラしてしまう。
「中井は優秀な学者ですよ。特に敵対学習という手法で人工知能の深層学習を進めることを得意としていました。その成果は論文として発表されています。入手しようと思えばその論文は誰だって入手できますよ。私が知っていたとしても不思議はないはずです」
そんな会議室に、晴人の凛とした声が響く。だが、多くのお偉方は晴人の言葉の意味が解らないらしい。愛海も同様だ。
敵対学習とは何なのか。深層学習はまだ聞いたことがあるような気がする。でも、詳しくは知らない。そんな会議室の空気に晴人は表情を変えることなく言葉を続ける。
「もう少し詳しく説明しましょう。つまり、少ないデータ数でも多くのことが学習できるようにしたのが中井の研究成果です。データを多数使用し、それを人工知能に学習させるというのは手間のかかる作業です。しかし、最初の段階では人工知能により多くのことを覚え込ませるのが妥当です。そうしないと正しい解を導くようになりませんから。ところが、その作業が格段に減った。中井の研究成果は人工知能を効率よく学習させてくれるんです。そんな技術を、WIOが利用したいって思ったということでしょうかね」
晴人はそこまで言って松島を見る。この中で、人工知能の活用法を解っているのは松島しかいないだろう。
「そうだと思う。もしWIOが中井の作った人工知能を利用したいと考えている場合、どういう活用をすると思う?」
松島は最初の切り崩しで晴人が何か吐くとは思っていなかったのだろう。すぐにそんな質問を投げつける。
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