第5話 WIO
しかし、翌朝すぐに晴人の言い分が正しかったことが証明された。
「えっ、凶器が解った!?」
しかもよりによって、晴人をサイバー犯罪対策課に連れて行く途中、愛海も通勤途中の車の中でだ。しかも車の運転中に電話が掛かってきたために、スピーカーモードで電話していたものだから、しっかり晴人に凶器が解ったと知られてしまう。
「なっ、言っただろ」
助手席にいる晴人はにやにやと笑っている。
「おっと、ひょっとして横に緒方がいるのか」
電話の相手、小川は拙かったなとぼやくように言う。スピーカーが晴人の声を拾っていたようだ。
「俺に捜査機密がばれたところで何もできないんだ。問題ないだろう。ところで、凶器はレーザーのようなものだったんだろ」
晴人はいるのがばれているならばと、開き直ってそんな指摘をした。それに愛海はぎょっとなる。晴人があれこれ知っているとなると、自分がぺらぺらと事件について教えていることが、芋づる式にばれるじゃないか。
「なっ、なぜ知っている」
一方、まだ凶器について何も語っていなかった小川は、何で知っているんだとびっくりしていた。
「簡単だ。心臓を一突きされたのに周囲に血が飛び散っていなかった理由。それは被害者が死ぬのを待っていたからではない。凶器がその場で血を止めたからだ」
「ど、どういう意味ですか?」
全く解らなくて愛海は訊くが
「まさか、お前が犯人じゃないだろうな。菊池がぼんやりとしている間に監視を掻い潜り、中井を殺したのか」
小川の質問が愛海の問いを吹き飛ばした。
「ちょっと先輩。私はちゃんと監視していました。どれだけ嫌でもこの男と一緒にいましたよ」
酷い言いがかりだと、愛海は思わず怒鳴ってしまう。
「いや、その前に俺が疑われている点を気にしろよ。勝手に罪を増やすな。どうした? 中井がアレに関係しているのか」
そんな愛海の怒りを押し留め、晴人が先ほどまでと打って変わって真剣な顔で問う。その表情から、アレとは晴人が以前に所属していた組織のことだと気づく。
「まさか、WIOが絡んでいるんですか?」
愛海は思わずその組織の通称を口にしていた。
正確な名称はないに等しいらしいというのが晴人の意見だが、警察としてはそれでは扱い難い。というわけで、世界的知能犯罪者集団と命名し、これを適当に英訳してWIOという通称が出来上がったのだ。
「らしいんだ。まだはっきりしていないが、中井がWIOのメンバーと会っていたらしいってことが、残されていたメールから解っている。おかげでお前が帰った後から大騒ぎだ。ああ、しまった。これはまだ緒方に知らせるなって言われていたのに、くそっ」
拙かったというぼやきは、晴人と喋ってしまったことそのものにあったらしい。それはつまり、捜査一課は晴人が犯人である可能性も考慮していたということだ。
「でも、WIOが殺人を犯したってわけじゃないですよね。それに、緒方さんに犯行は無理ですよ。そもそもメールすら使えないんですから、被害者の中井と連絡を取り合うことさえ無理です」
愛海がそう指摘すると、そうなのかと小川が驚いたような声を上げる。
「そうですよ。緒方さんが通信機器を使えるのはサイバー犯罪対策課にいる時だけです。その通信もすべて可視化されています」
「へえ。徹底しているんだな。まあいい。俺から話を通しておくから、緒方を連れて捜査一課に来い」
「ええっ」
予想外の展開に愛海は止めてくれと悲鳴を上げるが、晴人はにやっと口角を上げた。
「つまり今、事件に関してWIOが関わっているらしいということしか解っていないってことか」
晴人の指摘に、小川が思い切り舌打ちする。
まだ捜査開始から一日だ。しかし、すでに暗礁に乗り上げているということか。愛海は何がどうなっているのかとハラハラしてしまう。というより、自分に何か落ち度があったのかとビクビクしていた。
「レーザーは扱いが難しいんだろ。それも、心臓を突くほど鋭いものは、大型の機械じゃないと実現できないという」
小川は舌打ちしたわりにはあっさり情報を開示した。その後ろでバタバタという音が入っているから、晴人と通話が繋がっていることが、捜査一課に伝えられたのだろう。
「その通りだ。そもそも人間の心臓を一突きするレーザーなんてのは、SFの世界でのみ通用するものだろう。海外製には高出力のものが存在するが、そんなものを国内に持ち込んだ時点でばれる。個人輸入だとしてもばれるだろうな」
「でも、殺せるほどのものがあるんですね」
愛海は驚いて確認してしまう。
「まあね。しかし、今の世の中、レーザーによる加工が当たり前になっているが、人殺しに利用するのは簡単なものではない。鉄板を加工するだけでも畳一畳分を占拠するほどの機械が必要だ。人を殺せるほどの高出力となると、場所も取るし電力も相当必要だ」
「だよな。だが、傷の状況から他に説明できないんだ。これはどういうことだと思う」
晴人の答えに、小川はその通りだと頷く。だから、レーザーのようなものと表現したのだ。
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