第4話 違和感のある傷口
「悩むな。ほら、肉やるから。で、誰が殺されたって」
難しい顔をする愛海の前の皿に肉を山盛り置き、晴人はさっさと喋れとせっついて来る。先ほど勝手に肉を食ったとは思えない親切心だ。しかも総て焼き加減が完璧という腹立たしさである。
「殺されたのは中井勇生という、人工知能を研究している人です」
「ほう。人工知能」
そこで晴人の目がすっと細められたのだが、熱々の肉を頬張るのに必死だった愛海は気づかない。
「研究室でぶすっと刺されて殺されていたんですが、不可解な点が幾つかあるんです。まず、凶器が発見されていません」
「殺した奴が持って行ったんじゃないか」
晴人は新しく肉を並べながら、当然の推測を述べる。愛海は十分にあり得ると頷いたが、実は凶器が発見されないことが困る事態になっていた。
「その可能性もあります。でも、凶器はどうやら包丁やナイフではないとかで、そこが謎なんですよね。持ち去ったとして、一体どんな特殊な凶器だったのかなっていう謎です」
「ほう。つまり傷口が特殊だった」
「ええ。やけに細いんです。あれって何でやったのかなって、鑑識も首を捻っています。しかも心臓を一突きですよ。その正確さも恐ろしいですね」
「ふうん」
晴人はそこで鉄板から焼けたシイタケを摘まんで口に放り込んだ。
この男、キノコ類が大好きなのだ。おかげで愛海は一緒に暮らすようになってキノコを買う回数が格段に増えた。つまり食生活まで晴人に合わせた生活なのである。別にヘルシーな食べ物だから文句は言わないが、不満は募る。
「さらに争ったとしか思えないんですが、研究室の中では争うのは不可能。狭くてスペースがないんです。犯人が小柄な女性だったとしても争うのは難しいでしょうね。さらにですね、血の飛び散り方からして、すぐに引っこ抜いたわけじゃないっぽいんですよ」
「すぐに抜いたわけじゃない。ああ。十分に血が止まった状態で抜いたというわけか。現場には派手な血の跡はなかったってことだな」
「ええ。ひょっとして被害者が死ぬのをずっと見ていたんでしょうか。そうなると怨恨ですかねえ」
肉を咀嚼しながら、訳が分からない事件なんですよねえと愛海は首を傾げる。正確に心臓を一突きして、しっかり血が止まるまで凶器を引っこ抜かない。その点には冷酷無比な印象を受ける。しかし、犯行現場は研究室。いつ誰に見られるか解らない場所での犯行だ。
「つまり、しっかり準備して殺しに行ったように見えるのに、不可解な争った跡があり、さらに心臓を一突きされているのに血が周囲に飛び散っていない、奇妙な現場だったというわけだな」
晴人がビールを飲みながら、愛海の言いたかったことを綺麗に要約してみせた。それに、愛海はそうそうと何度も頷いてしまう。
「それですそれです。ああ、すっきりした」
「お前は見た順番で話すからややこしくなるんだ。よくそれで採用試験に通ったな」
「あ、頭は悪くないんです」
「学校の偏差値はよかったってことだな。だが、実社会に必要な頭の良さかどうかは別だ。お前の頭脳は明らかに実社会の、しかも警察官向きじゃない」
「ぐっ、犯罪者崩れのくせに」
言い包められて悔しい愛海が唸るように犯罪者崩れと言っても、晴人は痛くも痒くもないと笑ってくれる。実際、司法取引に応じているので犯罪者ではないし、晴人のリークのおかげで三百億もの被害が未然に防げたという。
「死体の解剖結果は」
「明日には上がってくると思いますよ。私は末端で手伝っているだけなんで、解剖に付き合っていませんからね。ちなみに私は現場を確認した後、中井が受け持っていたゼミの大学生から聞き取りをしていました。人気のある先生だったらしくて、悪口や妙な噂ってのはなかったです」
「ふうん。まあ、研究室で起こっている事件だし、院生やそこで働いている研究員が怪しいだろうし、大学生ぐらいじゃ何も知らなくても仕方ないだろうな。事件には全く関係ないだろう。でも、状況から考えて、明日になったら面白いことが解っているかもな」
「えっ」
「解剖結果から凶器はすぐに解るって意味さ」
「ええっ」
なぜ解剖結果から凶器が解るなんて言えるのか。晴人はにやにや笑って理由は教えてくれず、どうせ出まかせを言っているんだろうと、愛海は取り合わないことにしたのだった。
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