第2話 奇妙な殺人事件

 保護していると同時に監視されているってことが解っているのか。愛海はもちろん、その事実を持ち出して反論するのだが

「だから」

 の一言で終わらせてくれる。

 全く持って腹の立つ男である。

 司法取引には応じたが、自分のやったことを反省する気なんてないのだ。まあ、それを警察も解っているからこそ、今もなお監視対象ともなっているのだが、それにしたって、完全な居直りではないか。ちょっとはしおらしくしろと言いたくなる。

「あの綺麗な男、詐欺師グループの一員だったっけ」

「違いますよ。まあ、垂れ込んだ事件は詐欺でしたけど、サイバー犯罪です。それも組織犯罪ですよ」

「へえ。それって詐欺と何が違うんだよ」

「ええっと、別に不正引き出しだけをしたかったわけでもないし、緒方が所属していた組織がやっていたことは様々らしいですよ。ネット犯罪の総てに関わっているほどらしいです」

「ふうん。最近は何とかペイのおかげでネット犯罪の話題は事欠かないが、よく解らねえよな。まあいい、こっちはシンプルな殺しだ。行くぞ」

「はい」

 頷いて、ようやく愛海は黄色いテープで区切られた向こう側に足を踏み入れることが出来た。

 現場は都内の私立大学の一角だった。正確にはその大学の研究室の中。そこで刺殺死体が発見されたのだ。愛海が駆けつけたのは、その研究室が入る建物の前である。

 大学の正門にはすでにマスコミがいて大騒ぎ。キャンパスの中も突然の事態に大騒ぎだったが、さすがに現場付近はすでに人払いが終わっている。規制線を越え、現場となった三階の研究室へと向かう。

「うわあ、派手にやられましたね」

「ああ」

 三階にある現場となった研究室は、ここで本当に研究が出来るのかというほど散らかっていた。

 犯人と揉み合った結果でもあるだろうが、それより前から物が多く散らかっていたことが解る部屋だ。広さは八畳ほどだろうか。そこに机とパソコンが三つ、壁際は総て本棚というか物置きがびっしり置かれており狭苦しいところだった。部屋は人が一人やっと通れるくらいの通路だけが確保されているが、それでも身動きしにくいだろう。

 現に現場写真を押さえている鑑識も、この通路の狭さに悪戦苦闘し、うろうろとしながらカメラを構えている。指紋を取っている鑑識員もどこからやればいいのかと、困惑している様子だ。

「研究室のイメージ通りだな」

「ええ」

 頷きつつも、その部屋の机の一つにこの場所に似つかわしくないものがある。そう、胸から血を流して倒れる死体だ。被害者である男性は、三つある机の二つを占拠するように、机の上に仰向けに倒れていた。目をかっと見開き、信じられないという表情で固まった死に顔は壮絶だった。着ている白いワイシャツが真っ赤に染まっている。

「紛うことなく他殺体ですね」

「ああ。胸を一突きされている。凶器はまだ見つかっていない。被害者はこの研究室の教授、中井勇生なかいゆうせい、三十七歳だ。研究していた内容は人工知能だとさ」

「人工知能。うわあ、また緒方の顔を思い出しちゃった」

「なんだ、あいつ、人工知能でもやってたのか」

 愛海の呟きに、あの男はいったい何者なんだと小川は不思議そうだ。それに愛海もよく解らないんですよねえと、死体を前に呑気な声を出してしまう。

「いや、緒方自身はやっていなかったらしいんですけど、めっちゃ詳しいんです。この間ちょっと話題になったら、生き生きと難しい用語を羅列して説明してくれましたからね。っていうかあの緒方、ネットも人工知能も関係ない物理学科出身らしいですし」

「なんだそりゃ、ますます解んねえな。まっ、そんな謎だらけの奴だが、解らねえことがあれば緒方に聞けばいいってことだな」

「え、ええ。って、何を研究していたかなんて殺人事件の前では関係ないでしょう」

「だといいけどな」

 楽観的な愛海の意見に、そうすんなりはいかないだろうと小川は溜め息だ。そこは現場を踏んだ数の違いということか。

 それにしても、こんな狭苦しいところで、どうやって刺殺したのだろう。死体は机に仰向けに倒れていることから、揉み合ったのは間違いない。しかし、この部屋にはその揉み合う隙間がないのだ。

「例えばだぞ、こう胸倉を掴んでケンカになったとするよな」

「は、はい」

 同じ疑問に至った小川が愛海のスーツの襟を掴む。するとすでに鑑識の迷惑になるほど隙間がない。がたんっと肘が棚に当たってしまうほどだ。

「軽いケンカもできねえな」

「本当ですね。でも、こっそり刺したんだったら、こっち向きには倒れないですよね。刺し傷だって背中に出来るはずです」

「ああ」

 死体の倒れ方は、どう考えてもひと悶着あった後、刺し殺してしまったように見える。驚きの表情からしても、犯人が自分を殺すまでしないだろうと思っていたかのようではないか。それに、もしもこっそりと近づいて刺したのだとすれば、死体はうつ伏せでないと説明が付かない。傷だって胸には残らないだろう。

「なんか、すでに嫌な予感がする死体だな」

「ですね」

 現場で見ても奇妙な点のある死体。それはすんなりと解決しないことを暗示しているようで、二人揃って顔を顰めてしまうのだった。

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