罪は眠らない~新米刑事と天才犯罪者の正義のあり方~
渋川宙
第1話 宗像出雲
出会ってすぐは、こんな奴さっさと死んでしまえ、なんて思っていた。
だって、犯罪者だし。性格もまあまあ最低な奴だったし。
でも、今は――少しでいいからこの人の役に立ちたい思っている自分がいる。
これは、私の成長の物語でもあるのだ。
「ここに私の過去の悪事を暴こうと、虎視眈々と狙っている者がいます。そしてその者が、今回の事件の犯人です」
重傷を負い、松葉杖をついていてもなお凛と立つその男の言葉に、ホテルの一階の大広間に集められた面々は息を飲んだ。そして、この男の悪事とは何なのかと、好奇の目を向ける。
そんな好奇の目に負けることなく、男は毅然と言い放った。
「今は
司法取引。
聞いたことはあっても日本では馴染みのないその言葉に、ホールの中は僅かにどよめく。それは今から殺人犯が指摘されようとしている中にあってもなお、衝撃的な言葉だった。
「私が過去、どんな罪を犯したか。これに関しては、犯人を指摘していく過程で明らかになりますので、しばらくお待ちください。ただ、これは私にも無関係な事件ではなかった。いや、私のせいで引き起こされてしまったと言っても過言ではないのです」
傾きかけた身体を立て直し、緒方晴人はじっと自分に注目する人々を見つめる。この中に、自らの因縁を突き付ける奴がいるのだ。そのことを、ゆっくりと噛みしめるように全員の顔を確認した。
しかし、その中には見知った人物、晴人が司法取引に応じたことで、監視役なんていう面倒な役目を押し付けられてしまった哀れな刑事、
愛海は大丈夫なのかと言いたげな、はらはらした面持ちをしていて、一瞬、いつものようにからかってやりたくなったが、今はそんなことをしている場合ではない。
ああ、ここまで、どれだけの時間が流れただろうか。
司法取引に応じたから自分の罪はなくなった。そんな呑気なことを考えたことはないが、ここでようやく、宗像出雲は過去のものになるのだという実感があった。
そして、愛海の小言を、今後は真面目に拝聴しようと、そんな殊勝な気持ちにもなる。
「では、始めましょうか。この事件の発端は二週間前、とある大学で起こった奇妙な殺人事件にまで遡ります」
遡ること二週間前。九月も半ばを過ぎたというのに、暑い日が続いていた頃のこと。
その事件が起こった直後は、まさかこれがとんでもない陰謀に繋がっているだなんて、誰も考えてもいなかった。それは初動捜査のために現場に駆け付けた菊池愛海も同じだ。車を降りるとまだ夏のような暑さで、思わずブラウスをぱたぱたと手で引っ張ってしまう。
「長袖は失敗だったかなあ」
思わずそう呟いてしまうが、朝晩は寒いからなと思い直す。この時期は服装が難しくて困ってしまう。
ともかく、久々の事件現場だ。気合いを入れていこうと、愛海はだらけそうになる自分に活を入れる。
「おはようございます」
「おう、来たか。あっちはいいのか」
「大丈夫ですよ。今、あの人はサイバー犯罪対策課にいますからね。余計なことは出来ませんよ。それどころか、本職の一課の仕事を手伝えと追い払われたくらいです」
現場に着いてすぐ、先輩刑事の
何がどう間違ったのか、司法取引に応じた宗像出雲、今は警察の保護対象で名前を変え緒方晴人となった男を監視する役目を、刑事一年目の愛海が受け持つことになってしまった。
しかも、この晴人は、びっくりするくらい綺麗な顔をした男で、黙っていればモデルか俳優かと思ってしまう人物だ。すらっと細身の体型で身長は百八十センチと恵まれている。
そんな男が、何を間違ったか犯罪組織の幹部をやっていたのだ。一体どこのマフィア映画の設定だろう。愛海は晴人と初めて会った時、そんなことを思ってしまったほどだ。
「うすぼんやりとした奴だな。そんなんで刑事なんてできるのか」
だが、その第一印象はすぐに霧散した。やっぱり犯罪者だった。言うに事欠いて初対面の人間に向かってうすぼんやり。しかも女性に向かって。愛海は絶句してしまった。
そう、晴人はとんでもなく減らず口の男だった。今日も現場に駆け付ける前、散々嫌味を言われたところである。鈍いだの間抜けだの、朝から何度言われたことだろう。
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