週末少女のルーティーン

pipipi。pipipipi。


もぞもぞ。


「………。」


右手だけお布団から突き出して

覚えで手に取る携帯端末。

コードそのままに飲み込んで

コロンの両隣に7と31。


まだ…まだ7時…


「…ダメでしょ。アタシ。」


今日から二度寝はキメてらんない。


「んぐ…っとぁあ!」


なるたけ勢いよく、覆い被さるお布団くんを

天高く蹴り飛ばした。


シャコシャコシャコ…

歯ぁ磨きながらリビングに足を運ぶ。


「おはほう…」


テレビをつける。

例の番組が始まるまであと1時間。


がらがらがら…ぺっ…

シンクに吐き捨てちゃう。

もう誰にも咎められないもの。


着替える。

今日は休日なのでジーンズと

柔らかなゆとりのあるTシャツ。

まあジッサイ、バイトがあるからあんまり

ひらひらしたのは着れないけれど。


以前だったらこの程度、

着替えるだけならお出かけの準備に

30分かからないんだけども…


「よっし…!」


お化粧台の前に座る。

いつだってココはついつい

背筋がピンとしちゃう。

今日はナチュラルメイク。

アカネさんにしてもらったヤツは

今思うとちょっとセクシーすぎ…

お店の雰囲気、損っちゃうもんね。

クリーム塗ってファンデーション。

慣れた手つきで目元にブラシを走らせる。

マスカラとビューラーでまつ毛の総仕上げ。

最後に…


「スーパーマジカルタイム!

マジカルマジェスティ!始まるよっ!」


8時半のお知らせ。


「もうそんな時間なのね?」


最後にヘアースタイル整えておしまい。

ブランドバックと手さげ袋引っ掴む。

準備は完了。でも出かけるその前に。


「行ってくるね。お父さん。母さん。」


二人のツーショット。手を合わせて一言。

生きる。どうあっても。

それだけはやっぱり変わらないし見失わない。

二人との揺るがない約束。

気づかせてくれたのは先生だけど。


がちゃり。



少女は歩く。

歩く。

歩く。


「…ゆとりのある朝ね。」


浮ついた頭で考えを巡らす。

手さげ袋にエプロン。

歩くのは何度目かなぁ。ここ。

家族連れがちらほらと商店街。

ショッピングモール以外でも

割りかしいいとこあったんだ。


無軌道に歩き回ったあの月曜日。

でも今のアタシには。

必要としてくれる、

迎え入れてくれる場所がある。



からんからん。


「いらっしゃ、ーーー

あぁ。待ってたわよ?柚子葉ちゃん。」

「遅くなりました?速水はやみさん。」

「まさか。15分前だもの。

でも…アナタにお客様がいらっしゃってるの。

早めに開けちゃったわ。」


ん…まぁ。

アタシに用があるような変わり者。

思い当たりは本当に数少ない。

なのでトーゼン。


「早いんですね。

朱寧アカネさん、絵璃奈エリナ先生。」

「ヨッ!お陰で待ちましたとも。」


片手上げてハツラツな笑顔で答える金髪お姉さんと。


「…チッ、名前で呼ぶなっつってるでしょ…」


朝から不機嫌そうな二面性清楚風ドクジョ。


「様子見に来てやったぞ、高校生!

それで?喫茶店のバイトには慣れたワケ?」

「はい。速水さんがお店持ってから

通い詰めて一挙一投足眺めてましたんで。

何回かこなせば体に馴染みました。」

「ふふっ。中学生のうちは

柚子葉ちゃんもバイト出来なかったけれど

卒業したらもう一人前ですものね?

一人で回してたんだもの。

とっても助かるわ。」



速水ハヤミ嘉代子カヨコさん。

一人っ子を育て上げ専業主婦を

早期リタイアした彼女。

あの日のフリーマーケット。

出店したのは自分の実力の

手応えを掴むためとか。


まぁ、まずは。

なんだかんだ生きおおせたアタシ。

胸のあたりでクリップみたいに

留まった「日曜日に思うコト」。

あの日のコーヒーを

味わって飲みたいってぐらい。

同じ公園に向かっても。

速水さんのテントはもうなかったけれど。


「あら…あなた。

この前の月曜日、ここにいた子よね?」


背伸びして。

掲示板にチラシを貼り付ける

後ろ姿が振り返る。


きりさめふりふるあな春昼。

きいろのかささすびら配り。


「実は、私。

商店街でお店を持つことになったのよ。

今からでも…どうかしら?お嬢さん。」



かくしてアタシが1番の常連入り。

今ではこうしてお手伝いまでランクアップです。


「それにしたっていい内装じゃんか…

リフォーム、でしたっけ?」

「えぇ。引退する古本屋さんを

そのまんま引き取ったの。

元々の装飾が凝ってていいでしょう?

夫が資金運営を引き受けて

それ以外は私に任せて

くれてるのは大きいけど…

この街の暖かさあってこそのお店ね。」


古本屋って言ったらば。

狭苦しい通路に、カビとインクの香り。

雑音の聞こえる蛍光灯、

無機質な白い天井に

それに続く壁面を覆い尽くす本の山を

想像する事がほとんどかもしれない。

でも元々の店主にこだわりが

あったんだろうか。

湿度が高くなく換気が行き届き

カビ臭さは一切ない。

壁面を維持して通路の本棚は退かしたらしいが

それを踏まえても喫茶店に

リフォーム出来るほどの

奥行きのある間取り。

無機質な倉庫のような様ではなく

大正浪漫を思わせる洋風の本棚に

木目のフローリングだ。


「ほんっと合わせるの

大変だったぐらい、ーーー

あらやだ、いけないわ!

飲み物出さずに長話なんて私ったら…

柚子葉ちゃん、ご注文お伺いしてね。」

「あ、あぁ…ご、注文はいかがしますか?」

「いかが?でしょ。

謙譲語、尊敬語、丁寧語。

高校じゃ聞かれないでしょうけど

社会常識よ?」

「い、か、が!なさいますか!」

「じゃあコーヒーで。」

「わたしもおんなじで~。」


コーヒー二つっと。

真っ白なメモ帳に書き込む。


「紅茶じゃなくていいんですか?

エリナ先生。」

「アレはステータスの話だっつの…」



オーダーを伝えコーヒーの準備。

細長いドリップケトルから注がれる熱湯。

のの字に注いで数分の蒸らし。

流石にコーヒーのうんぬんは

まだ全部はわかんない。

今は眺めているだけ。

そう考えると今までとほとんどかわんないけど

いつかはその作業も、

任せてもらえるのかなぁ?


「…ねぇねぇ。」

「…?なんでしょう?」

「なんでしょうって…わたしたち、

肝心な事を聞いてないんだけど?」


頬杖ついて試すような視線を送るアカネさん。


「ちょっと意味が…」

「しらばっくれてんじゃないわよ。

入学式、どうだったの?」


エリナ先生は目線は合わせてこないけど

声色だけでその心配が感じ取れる。

まぁ当然だよなぁ…

両親ともに他界した女子学生。

中学校じゃどうあっても腫れ物だった。

元クラスメイトは数人いるけれど

再スタートを切るんだったら

高等学校、新天地での第一印象は大切なんだ。


「いや~うん。女子とは簡単に

打ち解けられたんだけどねぇ。」

「はぁ…本当なのね?」

「良かったじゃんか。」


胸を撫で下ろす二人。

張り詰めていた緊張がほどけていく。


「ただ…」

「「ただ?」」


一転、前のめりの姿勢。

…そんなに頼りない?アタシ。


「男子がチョット他所他所しいっていうか?

何処か敬遠されてるってカンジ?

なんですよねぇ…

やっぱり人の口に戸は立てられぬ

っていうからなぁ。ハハ…」


先輩二人を相手取ってほんのり後退り。

勘弁してくださいと両の掌をむねのあたりで

前方にかざしてみせる。

その、アタシとしては十分及第点なんです。

引き続き善処しますんで勘弁してください…


「「……」」


硬直。そして


「なぁんだよ…心配して損しただろうが。」

「へぇ。結構ヤルじゃん。ユズハ!」


あれ…?反応がそれぞれ別々。

でも身構えてたのとどれとも違う。

もっと厳しく檄入れられたり

心配されるかもなって思ったけれど…


「おふたりから見てどう…でしょうか?」

「チッ…アンタねぇ!

そういう自慢話を絵璃奈に…」

「ま、まぁまぁ。

気づいてないみたいですし、

そういう追求は後の楽しみにですね…」


遮ってアカネさんが割って入る。

ジマン…バナシ…?


「ハイ、コーヒー二つ。

冷めないうちに持っていってね。」

「あ…は、はい!了解です!」


配膳はウェイトレスの本分だ。

何はともあれ。仕事に集中出来なければ

バイトとして職務怠慢もいいところ。

急がす焦らず。しかして迅速に。

スムーズな足取りでダイニングへ向かう。


「あぁ、逃げられちった…」

「まぁしょうがないでしょう。

今日からあの子はお店側なんだし。

それとアカネさん…お子さんはどうしたの?

今日は連れてきてないじゃない。」


コーヒーの乗っかったお盆を持ち上げる。

鼻腔に漂うナッツのような香り。

…嗅ぎ慣れてる。

でも、この芳香にマンネリを

感じるようなことはなくて。

あれ以来。

震えて、崩れて、消え入ってしまいそうな、

弱々しいアタシの心を満たしてくれる

ささやかな休息の象徴だった。


「そう今年、幼稚園に入園したのよ!

それで主婦の集まりがあって…」

「へぇ、それで?…」


母さんとお父さんとの日曜日は。

慎ましいアタシの大切なメモリー。

…でも。それでも。

中学生の、いたいけな少女を、

ノスタルジーに置き去りには出来なくて。

少しずつ色褪せていくものかもしれないけれど

時間が経った今だからこそわかる。

思い出っていうのは抱え込んで

一緒に歩んでいくものなんだって。


「お待たせ致しました。

オリジナルブレンドコーヒー2つになります。」

「ありがとう。ちゃんと動けるじゃない。」

「せいぜい頑張れ!ユズハ!」

「ーーー、ありがとうございます。」


からんからん。


「いらっしゃ、ーーー あら?」


お盆を胸に抱き抱えて

ダイニングに戻っていく。

だからこそ。ゆえにこそ。

アタシは、橙崎柚子葉は。

この些細な幸せを暖めながら

新しい日曜日を過ごしていけるんだ。


「柚子葉ちゃーん?」

「はい!只今ご案内します!」


ーーー、いけない。

今は仕事中だもの。

なりたて高校生でもやれる事は

ちゃんとあるって

まずは速水さんに認めてもらわないとな。

気を取り直して観葉植物の裏、

来訪者を告げるベルの鳴った玄関口へ向かう。

……向かったんだけど……


「あ、いや…そうじゃないのよ。

お客さんはたった今帰っちゃって。」


……このムズムズする感じ。

冷やかしなんて飲食店じゃ

よくあることなんだろうか?


「でもね…はい。コレ。」

「………え?」


まだハリのある待機席のクッションの上。

手持ち無沙汰に置かれていたソレを

両手で持ち上げて

アタシの前に差し出す速水さん。


「なんだか小さな男の子がね。

あなた宛に、ですって。

交友関係広いのね?羨ましいわ。」


ソレは。見覚えがある。

一年とチョット前の邂逅。

些細な気まぐれの戯れあい。


あおい。

あおいビビットカラーの

空っぽをたたえたラテックス。


「……ちなみに。」

「なぁに?やっぱり知り合いなの?あの子?」

「なんて、名乗ってました?」

「あ、あぁそうよね?

たしか、ーーーって。そう言ってたわ。」


腰に左手を

右手のひらを頬に当てて採点中。

ふぅん。そうか。

シンプルだけど悪くない。


蒼太ソウタ…いい名前じゃんか。」

「柚子葉ちゃん?」


からんからん

すみませ~ん。


夫婦と小さな女の子。3人組の親子連れ。


「「いらっしゃいませ!」」


拝啓、母さん。お父さん。

アタシはなんとか元気でやってます。

母さんみたいに器用でなくとも。

お父さんのように根気強くなくても。

続いていく。綴っていく。

週末少女のルーティーン。

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現代淑女のエスケープ 乙太郎 @otsutaro

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