日曜日の続き。

微睡み


………さ。


微睡み


……ぇさ。


微睡み


…ねぇさ。

………ねぇさ、母さん。


「ん?どうしたの、柚子葉?」


洗い物の手を止めて俯いた顔を上げ、

ダイニングテーブルの木椅子にまたがって

背もたれをだきかかえているアタシに、

その視線を向ける母さん。


「今の話聞いた限りだと…

運動オンチ、地味系のメガネ顔、

社畜で家族サービスは極々稀。

お父さんのスペックってそんなトコ?」

「ちょ、ちょっと…

柚子葉ぁそれはあんまりすぎ…」

「そんなトコね。」

「ハッキリいってくれるなよ凛花…」


あんなでもささやかなプライドが

あるって事なんだろうか。

ソファでリラックスしていた

お父さんがあまりのショックに

溶け落ちそうなほど

ぐでんぐてんになってしまった。


打って変わって母さんのほうは

その整った顔立ちを崩さないままに

笑いをなんとか噛み殺している。


はっきり言って母さんは綺麗だ。

それこそ、好みだなんだって言って

反論の余地を挟む事が出来ないほどに。

もう2割、いや1割でも母さんの血が

私に通ってればなあなんて

時折、いや授業参観のときなんか

めちゃくちゃに思ったりする。


そんな話をすると


「女の子の可愛さは

努力しだいなんだからっ!」


って母さんに背中を叩かれるけれども。



よって当然、必然的に。

一つの疑問が生まれるわけで。

なんとなぁ~くの思いつき。

浮かんだそのままを

するすると吐き出した。


「なんだって母さんはお父さんを選んだの?」


へろへろお父さんが硬直。

かと思えば2mほど離れたところにいる

アタシでも分かるほどその背中が

小刻みに震え出した。


「ーーー、そ、そういや…なんで?」


まぁじかよ。

リビングに緊張が走る。

もしかしなくても禁断の呪文。

私は二人の結婚から

アタシが生まれるまでの

17年物ブラックボックスに

手をかけてしまったのかも……!


頼りない父と無遠慮な娘の

不安げな視線を受けながら。


「はぁ………」


呆れ返って美人妻はその口を開いた。


「そんなもん、

好きだからに決まってるでしょう。」

「「へ?」」


思わず間の抜けた返事。


「いや…なんていうか…

もっとこう…ね…?」

「ああ…そうだぞ…

もっとこう…な?はは…」


お父さんは呑気そうに

照れながらへらへらしてるけど。


「そりゃあ私だって他にも選択肢あったわよ?

成績優秀の生徒会長とか。

運動能力バツグンのイケメンとか。

あ、大学生時代のスキーサークルの、ーーー」

「なっ!ま、待て待て!それ以上はいい!」


ま、まさかアイツも…

そんなふうに呟いて右手で顔を覆い

片方の手のひらでもって

唐突な色恋スキャンダル自供を静止する。

うなじに浮かぶ冷や汗。

やっぱ知らない方がいい秘密なんて

誰にでもあるものなんだね…


「でもね、柚子葉。」


ワントーン落としてアタシにだけ聞こえる声。


「え、ア、アタシ?何でしょうか…?」


かしこまって椅子をきちっと向け直し

お行儀良い模範姿勢で即席セミナー。

こう言う話題の入り方をする時、

母さんはやたら人生経験を醸した含蓄を

未熟者のアタシに授けるのである。


「確かにね。

みんなみんな、連れ添うことで手に入るもの

その大小、貧富の差はあるでしょう。」


母さん…その視点は高嶺の花すぎるよ…


「それでも。

連れ添うパートナーそのものの居場所は

種類こそ数あれどその優劣はないの。

同一のものなんてないし

上位互換なんてありえない。

当然よね?全員が全員、

全くの別人なんだもの。」

「は、はぁ…」


成程…?

それで、その恐れ知らずな極論から

導き出される最終定理は?


「それ故に。最後の判断材料は

、なのです。

誰かとかどんなとか

見栄えとか経済能力とか二の次!

自分の心の揺らぎ落ち着きに従うのが

唯一にして最善の方法なのよ。」


なんだ。結局フィーリングじゃねぇか。


「そう。結局フィーリングってわけ。

わかった?私の可愛い一人娘?」


ハハハと胸を逸らして笑う母さん。


………ん?


「…ぇっと凛花と会ったのが高校1年の時だから…

な、なぁ?ちなみに野球部の奴と

付き合った事あったかい、君?」


おいおい、死ぬわアイツ。


「ええ。よく知ってるわね。それ1年のころよ?

私たち最初に知り合ったの2年生のときでしょ?」

「…ま、まぁかまわないよ。

僕からしたら何年かかったって

アプローチは続けてたことに変わりないし?

結局のところ僕は出会った時から

キミにゾッコンだったんだもの…」


お、いいじゃん。

さながらラブコールの弾丸ライナー。

どうだ?熟練の鉄壁守備を掻い潜れるか?


「………ばか。」


風に乗って頭上飛び越えの逆転ホームラン。

…やれば出来るじゃん、お父さん。


「ねぇさ、母さん。お父さん。」

「なんだい柚子葉?」

「どうしたの、柚子葉?」


すぅ。


「アタシにも。

そんな日常が送れるかなぁ?」


二人は。あの日曜日をすごす二人は。

少し顔を見合わせて。


「出来るさ《出来るわよ》。

私たち《僕ら》の娘なんだもの。」


微笑みながらそう答えたのだった。

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