だれでも24/7

「あっ…?たっ…?」


からんからんからん…


金色のナイフが転がっていく。

えっ…アタシ今…

はっ…?自殺しようとしたよね?


世界が、溶ける。

おでこから目尻。

ツタウ一条。


これは、アレだ。

視界が右半分真っ赤に染まる。

てか血ぃそのまんまじゃん。


引かない側頭部の痛みと

それによって襲いくる

満ち引きのような緩急の吐き気。


「っう、ううぅぅぅ…」


金色の煌めきに手を伸ばす。

アレが…アレがないとアタシは…


「させるかっ!」


ドスン。

四つん這いで覆いかぶさられる。

な、なん…なにするのよ、この女っ…!


不意打ちのフォアハンド。

ドロドロの平衡感覚とめちゃくちゃな

思考回路でかろうじて言い放つ。


「ぐっ…じゃ、邪魔すんなよっ

イ、イカれ女…!離せっ…!」

「何ですって…!オメェの方がよっぽどっ!

頭沸いてんのかクソガキっ!」

「失せろ失せろ失せろ失せろ失せろっ!」

「うるせぇっ!黙れ黙れ黙れっ!」


でろでろ。

口から湧き出て溢れ出す恨み節。

頭から一緒に脳みそ溢れてるみたい。

みっともない。惨めにすぎる。

でも。でも。

アタシには、

橙崎柚子葉には、

アレがないと…


「暴れんなっ…!

ああっクソ…だぁるっ。

マジで…っ!」


は…ハァ?!


「わ、訳ないでしょっ!

ダルい真似してるのはアンタっ!

邪魔しないでよ!アンタなんかには…

関係ないでしょうが!」

「関係ない…?」

「そうだよ!アンタなんかさっきみたいに

隅っこでビクビク震えて眺めてりゃいいのよ!」


そうだ…かまってなんかられないの。

アレがなきゃ…アレがなきゃ…

日の落ちたこの暗がりで一人きり。

アタシだけが…

どうやったって救われないっ…!


「コレだからガキの相手はっ…!」

「ガキガキってアンタそれでも教、ーーー」

「ダルいダルいダルいダルいダルいっ!

何でこんなことっ…しょうもないっ!

中学、高校って愛想よく振る舞って…

ミスコンよっ?!推薦取り付けた先の

田舎くさい地元国立でもっ…ミ、ス、コ、ン!

こんなに…こんなに…仕上げてきたのに…

教職だなんて、ガチでその場凌ぎ!

学校のサルどもに色目使われるし

ババアどもには見くびられないように

気回しして行動しなきゃいけないし…

ダルいっ!ダルすぎる!

なんでこんなダルいのっ!」


絶句。

学校の憧れ、多那田先生。

もうとっくに目の前の

アタシなんて見えてない。


「しょうもない…

基地外娘の相手も業務外労働だし…

残業代も出ないし、給料も高くないっ…

絵璃奈は、ホントなら…今すぐにでも…

高収入のイケメン捕まえて

お昼は優雅に紅茶でも飲んでるってのに…」

「だからっ!知らないのよ!

他人事でしょう?ほっといてよっ!」

「分かんねぇのかよオマエっ!

受け持った生徒、自殺なんかさせたら

短い教師キャリアだけでなく

絵璃奈の人生までめちゃくちゃなんだよっ!」


…何を聞かされてるの?

せめてもっと気の利いた説得とか

真っ当なエピソードとかないわけ?


ーーー、ホントに台無し。

ペラペラとまくし立てる女の戯言。

全部、全部。俗世の憂さ晴らし。

アタシは母さんとお父さんのために。

これまでの日曜日を

くすまないようにするために。

今すぐにでも、ーーー


刹那。


バシッ


四つん這いの状態には似つかないほどの

腰の入った強烈な平手打ち。

顔の左半分を覆う痛みを伴った痺れ。

驚き。停止。停止。停止。

それ故に。


「その顔だよっ!

その目なんだよっ!

その達観したようなタイドっ!

ガキのくせにっ!ヒヨッコのくせにっ!

お高くとまってんじゃねぇよ!

オマエの家庭環境が

どうだったとか知らないけど!

テメェの人生、テメェの過ごしてきた日々は!

こんな短く終わっちまえるような

簡単に手放せるような程度だったのかよ!」


それ故に。

覆われてしまった真っ当。

朝起きて目の当たりにした

見えなくなってしまったが。

深く。根強く。

自分自身で痛々しいキズに

気づくことが出来ないほどあれすさんだ心に。

耐え難いまでに響いてしまった。


「っう……!」

「自殺なんかでっ!

死んで報いられる昨日なんてあんのかよっ!

オマエの母親は耐えられなかったんだろ!

だったら…せめて

オマエだけでも生き残らないと!

それこそ救われないんじゃないのかよっ!」

「そんなっ…そんなこと言ったって…!」


ぴしっ


両頬抑えて逃げ場がない。

背けることさえままならない。


そんなの…そんなのっ…!


表情筋が引き攣る。


もう止めて。言わないで。

わざわざそんな事

今のアタシに叩きつけないで。


思わず目をつぶ、ーーー


「閉じんなっ!こっち見ろっ!」

「ひぐっ…うぐっ…」

「確かにオマエの方が

よっぽど不幸かもしんない…

他人が口出すことじゃないかもしれない。

でも、ダルくったって

アンタみたいなのほっとけないし、

生きてる方が死ぬことなんかより

絶対にツラいっ!

だからコレは20代後半差し掛かった

私からオマエへのただの暴言!

…!

私と一緒に苦しめ…私も一緒に苦しんでやる。

…いつか報われるまで、

最後まで足掻き切りなさい!」


ーーー、どうにもならない。

アタシたちはもう。

どうにもできない。

でも、それでも。

どうしようもなく。

明日も。明後日も。明明後日も。

過去と違った日曜日も。


「んぐっ…あぁ…みんな…

ごめんね…ゴメン、ね…」


変わらずアタシたちには

どうしようもなく

また…やってきてしまうんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る