アタシの月曜日
突然だった。
「その…今すぐ。
ご自宅に、帰りなさい…」
「…はい?」
アレは確か休みあけ。
昼下がりの授業中に
校内放送で呼び出され
理由も選択肢もなく。
ただ。
「…帰った方がいいと思います。」
とだけ。
訳がわからない。
わかるはずもない。
早退なんて中学生になってからは一度もない。
だあれもいない昇降口。
たった一人の運動場。
静まり返ったままの校舎を振り返ると。
窓辺から一身に注がれる好奇の視線。
あの時。ありありと理解した。
むずむずするような違和感を感じて
好きじゃなかったグループぎめ。
「ーーーあぁ、結局みんな。
馴染めなかったら、一人きりなんだ。」
アタシは結局、
その輪っかから
外されちゃったんだなってこと。
校門を出てテレフォンコール。
3回も鳴らなかった。
「もしもしかあ、ーーー」
「お父さん?お、お父さんなの?」
「アタシ、柚子葉だけど。」
「あ…あぁ。そうよねっ、柚子葉。」
「…何かあったの?」
「あ…?いや、いや。だ、大丈夫よ?
大丈夫。大丈夫よ…」
電話は繋いだまま。
家に着いても母さんは
「だ、大丈夫…よ。はは…大丈夫…」
具体的なことは
何があったか分かったのは
母方の祖父母が家に着いたあとだった。
「晃くん…お父さんがね…」
建築中の足場から落ちたらしかった。
高さおよそ10mからコンクリート。
その後救急車によって搬送された。
処置はされていたとはいえ
母さんには見せられなかった。
「その。」
「…なんでしょう。」
「即死じゃ、なかったんですかね。」
「…はい。」
片膝ついて。
~アレでなら~
手を伸ばす。
~アタシでも~
柄持ち上げて。
~母さんのこと~
指でなぞる。
~救ってあげられる~
誰の示し合わせか。
どんな巡り合いか。
アタシには知りおおせないけど。
「ありがとう。」
立ち上がる。
椅子の背もたれに手をかけて
地表面から離れて4フィート。
空中。滞空。ホバリング。
今だけなら。
虚に顔を覆った肉親に向き合える。
「ーーー、ただいま。母さん。」
プツン。
垂直落下のベクトルを
腰に回した左手で此方に引き寄せる。
抱き止める。
冷たくても。
抱き止める。
強張っていても
抱き止める。
もう二度と、目を覚さなくとも。
必然、バランスを崩し
受け身を一切取らない
背面で受け入れる着地態勢。
「がっ…ぐっ…」
脳震盪。
無理に上体を起こす。
脳漿が脊椎に引っかかってぶらんぶらん。
「あっ…あ…」
こっちは身体に無理言って支えてるってのに
意地悪な地表が意に介さずひっくり返る。
ごろん
「んぁ…っはぁ…」
寝返り打って。
横たえられた母さんと目があう。
「んぐっ…ひぐっ…うっ…ぅう…」
目尻から鼻筋。
ツタウ一条。
「ごめん、ね…ごめんね…」
これは、アレだ。
血漿で構成された0.9%の生理食塩水。
…バカじゃないの。
「ごめん…!んっぐ…んぁ…ゴメン…」
涙だ。涙だ。涙に決まってる。
どうしようもなく。
言い訳の余地もなく。
アタシ、橙崎柚子葉は。
行き場のない感情で
泣き腫らした目元で
せっかくのメイクを台無しにしている。
板の間のフローリングが平衡を取り戻す。
そんなリビングに。
何するでもなく座りこんでいる。
気がつけなかった。
止めらんなかった。
主婦のモーニングルーティン。
誰よりも早い今日の未明に
母さんが何を思ったか分からないケド。
でも、母さんの喪失に。
娘のアタシが真隣でいて
寄り添っていてあげられなかった。
あの日曜日。
家族全員が集まれる限られた安息日。
不本意な使われ方をされた
これが本来収まるはずのテーブルには。
引越し直後、
小学校低学年だった私と父さん母さん3人の
玄関ドア前で撮った笑顔の集合写真が
小さな据え置き型の額縁に入っている。
でも。
もう訪れない。
6日後にも。その次の週も。
来月にも。来年にも。
アタシの日曜日は。
もうやってこない。
だから、この後アタシに
出来ることは決まっていて。
「もう、一人にしないからね。」
喉元に突き立てる。
表皮掠めてぷっくり赤い血の膨らみ。
後は前のめりに突っ伏すだ…
「っふざけんな!クソガキッ!」
ぱこん
「へっ?」
頭の加速度引っ張られて
横向きにブッ倒れる。
びぃぃいん
頭蓋が揺れる。
鈍痛に思考がまとまらない。
溶ける。溶ける。溶ける。
その直後。
歪んだ視界にうつったのは
フライパンを両手に握りしめて
長い髪を乱して荒い息をする
カリスマ担任教師だった。
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