精算
ガサゴソ。
手ぇ突っ込んで赤のゴム生地。
指先にぎにぎ弄りながら
ブラブラ革靴鳴らして歩く。
「これ…」
伸ばして。摘んで。掴んで。裂い…て…
裂け…ない…
「水風船なんか、出来ないじゃんか。」
ゴムが厚すぎるなぁ。
アタシにも経験はある。
風船ってのは浮かぶから価値があるもんで
それ以外は破裂する爆弾程度の印象なんだ。
どれだけキレイに彩ったって
叩く、投げる、蹴るとかして
ひとしきりその弾性を味わったなら。
数分後には最後にどうなるかぐらいの
危うい興味本位のスリルが脳裏を埋め尽くす。
きっと元気な風の子たちは
腕に収まるその球体を
どう処理するか持て余す頃合いだ。
「はぁ…アタシもどうしようかなぁコレ。」
思いつきで買ったがこのまま捨てるのは
あまりに味気ない。よし…
立ち止まって。
はむ。
咥える。そのまま思いっきり。
「~~~~!っ、~~~~!」
弛んだ生地にピンとした張りが。
原色の濃い彩りが
より明度を伴った可愛らしいものへ。
「っ。はぁはぁ!」
すかさず口から1センチ上を摘んで
余りを引き伸ばして結ぶ。
「ん、出来たぁ!」
「何やってんの?ねぇちゃん。」
そんなはしゃぎ具合を
ずうっと横で男の子に凝視されていた。
「ん~~~?///
ナニって、そりゃゴム風船だけど?」
「中学生にもなってゴム風船で
ナニをそんなにはしゃいでいるの?」
ぐっ…こんのクソガキ…!
「……ボク?
どうしたのこんなところで?はぐれちゃった?
お友達はあっちで遊んでたよ?^^」
可愛げのないクールぶった少年。
大方他の子供に馴染めないってトコだろ。
大人気ないだろうが知ったことか。
キミの言う通り、アタシはねぇちゃんなんだもんね!
「あっちは別にいい。
用があるのはこっちだから。」
「用って…なにさ。」
少し様子を見ていると
サッと側面に回り込んで。
ぴょん。
片足で軽くハネた。
そのままアタシの頬に指先で触れる。
一瞬フリーズ。
「な、なに?!いまの!」
「ねぇちゃん。
子供にコンパクト、渡したろ。」
ほれ、見てみろ。と言わんばかりに
自らの頬を指さしてみせる少年。
触ってみると。
「星形の、しーる?」
「困るんだよな。
一応、アレだって立派な取引。
マーケットなんだからさ。
ソレ、子供たちの間の通貨代わり。
ヘンな仕事増やさないでくれよ。」
気だるそうに答える少年。
それにしたって園児にしちゃ
随分とマセてるな、このガキ。
「ふーん、ありがと。」
要らないナリにお礼ぐらいはしないとだな。
「じゃあこれ。」
「は?こんなの別にいらないけど。」
袋を覗いて一掴み。
青色ゴムのおすそわけ。
「第一、ねぇちゃんが支払う
道理がないじゃん。」
「あのね?
子供のキミは知らないだろうけど
一対一の取引と違って
あいだに第三者を挟むと手数料ってもんが発生するの。
運送業も卸業もいっしょ。
いいから黙って持っときなさいっ!」
小さな右手を引っ掴んで強引に握らせる。
ぽかんとして手の中を見つめている少年。
「まぁ、それも…そうだね。」
「膨らませられる?少年。」
小さな公園のブランコ。
鉄鎖2本に依存した簡素な法則に身を投げて。
少年少女惰性遊覧ペンデュラム。
口引っ張って風船ぐにぐに。
停滞。短いストローク。
胸突っ張って風切りぐんぐん。
滑空。力強いアーチ。
たるみ切ったアタシも。
あそこのわんぱく少年も。
1周期は定数依存ってマ?
「っ。出来たっ。」
ボールセンスは無いけれど。
肺活量には自信あるアタシ。
マラソン並走経験ありますか?
置き去り未遂を青ざめさせる
ガッツがアピールポイントです。
「ありがと。」
「フフッ、確かに有難いかも。」
少年の慣性の終着を待って
ふと球体をかの空に透過。
「…ねぇさ。」
「なに?ねぇちゃん。」
「何だってさ…一生懸命に息吹き込んだのに
それだけじゃ風船って飛ばないんだろうね。」
「…」
知らない訳はない。
楽しい浮き足だった日曜日に
ショッピングモールで貰えるゴム風船には
空気より軽いヘリウムガスが
注入されてるってだけ。
「ホラ、冬とかさ。
あったかい息が白くなって
ふよふよ上にあがっていくじゃない?
アカネさんのタバコだってそうだ。
…だからさ。全く飛べないって、
ありえないなんてことはないじゃん。」
どっかの天才様のせいで
このくすんだ世界には野暮ったい方程式が
ひしめきあっているけれども。
色んな理由があるっていうのに
答えが一つしかなくって
過去に決まった正解以外、
全部不正解ってのは何とも味気ない。
「ーーー、なんてね。
ホントは知ってるんだろ?
キミは将来有望だね。」
少しいじけた
刃物で切り付けるような
恣意的で自虐的な命題放棄。
そんなメルヘンの抜けない女子中学生を尻目に
「ふぅん。」
最高到達点にてテイクオフ。
カタパルトのそれとあんまし
原理は変わんないハズだけど。
浮遊。
安全性確保のためのフェンスを
ゆうに超える跳躍。
でろでろと吐露される
重厚で粘着質の悔やみ節を
いともたやすく振り解く。
ずうっと馴染みのない散策してたけど。
あぁ。アタシに欲しいのは。
結局のところその身軽さなんだ。
幼少の柔軟さを生かした
クッションの効いた着地。
少年は振り返る。
妙に大人びたキミと
大人になりきれないアタシ。
笑えばいい。笑うといい。
慎ましきハンズアップ。
品定めされるかのような静寂の後
皮肉げに笑うアタシに向けられたのは
ほんのり好意的な切り返しだった。
「じゃあさ。もし仮に飛べたなら?
それがホントに叶ったら?
一体どうする、ねぇちゃん?」
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