叶えて魔法のコンパクト

ぱたん。

やたら重量のあるプラスチックの

うわぶたが閉じられる。


「へぇ、元がイイのね。アンタ。」


少し感心したような声で

満足げにため息をつくヤンママ。


正直…私自身とても驚いてる。


ぱたんぱたん。

鏡に写り込むレディを何度も確認。

そりゃあイミなんて無いだろうけど…


色気づいたアイライン。

ほんのり明るみを感じさせるチーク。

涙袋と二重のアイプチに、

視線を集めるつけまつげ。

そして柔らかさと潤いを感じさせる

薄ピンクの艶やかなリップ。


でも何度繰り返そうと消えぬ幻にこそ

劇的なビフォーアフターからありありと

帯びていく現実性があるというモノだ。


「これ、アタシ…?」

「化粧ってね、上手い下手も当然あるんだけど

それ以上に化粧に愛されてる顔かどうかなの。

目元がぼったりしたブスでも

少しの工夫で見違えるように変身できるし、

逆にどんなに美形でも

素の顔の印象が強いんじゃあ

どう化粧したって大した効果はない。

ようは真っ白なキャンバスと一緒。

良かったじゃん、似合ってるよ。」


「変身、か。ふふっ。」


手元のコンパクトを見つめる。

マジカルマジェスティ。

5年ぐらいは前のアニメグッズ。

無論好みとしちゃは過ぎ去った歴史だけど。

アタシの日曜日を彩ったアクセント。

手放した、かつての宝物の一つだ。



追憶に耽っていると


「あっ。マジマジだぁ!」


見れば女の子達が3人ほど集まってきていた。

色々言うこともあるけれど。


「マジマジ続いてるのっ?!」


思わず口をついて出たのは

そんな笑っちゃうような驚きだった。

顔を見合わせて満面の笑みで答える女の子。


「ウンッ!そうだよ!

いまはまほうのステッキだけどね!」

「かわいくってつよくてぇ

それでいてかっこいいの!」

「えんちょーせんせぇはよくわかんない…

アメちゃんで変身するとかいってるもん。」


ねぇ~!と笑いあう彼女たち。

へぇと相槌をうつ中学生と

後ろで胸を抑えるヤンママ。

そっか魔法使いにも環境メタがあんのか…


「それにしてもいいなぁ。」

「ん?どうしたの?」

「だっておねぇちゃん。ソレほんものでしょ?

ステッキはたくさんあるけど、

ようせいさんがいっしょなのは

ないんだもん。」


…なかなかオトナの痛いとこ

ついてくるじゃんか。

大々的なコマーシャルと

マスプロダクションによって

なハズの魔法のアイテムが

大量に店頭に並んでいる矛盾。

現代社会に生きる彼女たちは

ソレを知りおおせているのだ。

ごめんな少女。

このコンパクトにだって

メルヘンはないんだぜ?

ふと困った視線をヤンママに向けた。

………


「ねぇ。このコンパクト。

貴女たちにあげる。」


かがみ込んで小さな手のひらに握らせる。


「いいの?」

「いいの。でもね、コンパクトに妖精さんは…

アタシも見つけられなかった」

「お、おい…ソレを言うのかよ!」


後ろでたじろぐヤンママ。

一方でそれを知っていたかのような

寂しさと納得した表情を見せる少女たち。

だってそうだ。

大切な誕生日にパパとママが

買ってきてくれたプレゼント。

でも私のだけじゃなく友達のステッキにも

マジマジの妖精さんがいないんなら。

結局のところ…


「でも…!変身は、出来る!」

「え…?」

「見てご覧なさい。ほらドレスはないケド

変身、してるわよね?」


輝き出した幼子たちの瞳。

虚飾でも欺瞞でもなんだっていい。

無限の可能性を内包する子供たちには

やっぱりこうで居てもらわないと。


「ウンッ…ウン!」

「おねぇちゃん、キレイ!」

「スゴい!どうやったの?」


そこですかさずかがみ込んで。

彼女たちの後ろに回って。


「ちょっ…アンタまさか…?」

「ほうら、茶髪にハイヒール。

ステキなスカートまで履いて…

どう見たってでしょ?」

「「「ほんと~だぁ!」」」


こ、コッチ来なさい!と手を掴まれる。

夢見る少女に背を向けて

ヒソヒソ即席作戦会議。


「わたしのこと妙なキャラづけして!

どうするつもりなんだっての!」

「化粧してあげりゃあいいじゃないですか。」

「あのねぇ、それが無理だって言ってんの!

子供遊ばせてたら?ギラギラのメイクして帰ってきて?

あの人にやってもらったって

町内会で槍玉にあがったらどうなると思う?

子供たちの教育と風紀を損なうっつって

ますますアタシの立場が無くなるでしょう!」

「大丈夫ですよ、チークだけなら。」


む…と言葉を濁すヤンママ。


「大丈夫なのか?チークだけなら。」

「大丈夫です。チークだけなら。」


あぁぁああっと呻き声を上げる彼女。

背水の陣という故事成語があるが。

あれは追い込まれた、のではなく

自らを退却できない状態に追い込んで

死中に喝をいれ、劣勢を打開した逸話である。


「ーーー、っやりゃあいいんでしょやれば!

やってやろうじゃないの!

現役水商売の実力、日和主婦どもに見せつけてやるわ!」


少女たちの方を振り返る。


「さぁ、順番に並びなさい!

アンタたちのママの顔真っ青にあげる!」


わーい!と声を上げて並ぶ女の子。


「中坊!生憎だけど化粧品は売れないわよ!

たった今、使い道ができたんだもの!

このバックだけ、500円で持って行きなさい!」


むんず、と突き出して空いた手でお題を要求される。

チャリンと大玉500円硬貨。


「ソレと中坊は辞めて。

アタシ、柚子葉って名前あるんで。」

「覚えておく。わたしはアカネっていうの。」

「ーーー、源氏名?」

「うっさい。ホラ、帰った帰った!」

「アカネさん、ありがとうございました。」


踵を返して去っていく。

そのセーラー服の背中に一言。


「せいぜい、

賢く立ちまわんなさい、ユズハ!」




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