トレード エン ペイメント
人賑わう市を歩いて回る。
ゆったりとした時間の流れ。
張り詰めた効率至上主義のない
享楽として成立したコミュニティ。
滑るすべるくるくる回る。
はやあるき、はやあるき。
市場っていったって仮設会場。
せいぜいが17、18のブルーシート。
大して広くもないのにするする動く。
なんでだろう。
なんでだろう。
なんでだろう。
「なんでって…」
目に止まらないように。
振り払うように流し目で眺めるだけ。
誰の?私の?ご婦人方の?
…………。
2周半。品揃えも見てこれだけ回って
当然のように場違いな私が視線を
集めはじめたころ。
やたら本格的な設備のテントの前で
せっかちなセーラー服に声がかかる。
「…ねぇ、あなた?」
「、はいなんでしょう?」
なるったけ模範的な微笑みで振り返る。
眼輪筋と頬まわりに針金通したみたい。
ぎこちなさが寧ろ不自然だったかも。
「注文間違えて一杯多めにいれちゃったの。
勿体無いし飲んでもらえない?」
でもその振る舞いの方が動機だったみたいだ。
「あぁ、なんだかあったかいモノが
飲みたくなってきました。
せっかくだし頂きますね。」
「フフッ、ありがと。」
ゴルフバックを下ろしてチャックに
手をかける。
「あぁお代はいいのよ。どうせ捨てちゃう
ところだったんだもの。」
「いいんですか?」
「当然よ。コーヒーはね、淹れたてから
口にふくめる温度になるまでの香りや
温もりまで愉しむ立派な嗜好品なんだから。
コップに注いだ直後じゃないと成立しない
フルコースみたいなものなのよ?」
だったら尚のこと嘘っぱちだ。
その話がホントならこの人は、
…私のためにこのコーヒーを
淹れたことになる。
「…ありがとう、ございます。」
「えぇ。いい一日を。」
お辞儀してまた歩き出す。ゆっくりと。
なみなみ注がれたアツアツのコーヒー、
溢したら大変だもんね。
鼻腔に漂うナッツのような香り。
今だけだったとしても、充足した感覚。
案外単純な自分に少し笑っちゃった。
一周目で見つけた駄菓子屋を意識した
ベースでパックに入った例の風船を買う。
「…変な買い物。」
巡る巡る。
歩調を緩めると今まで気にしてなかった
ラインナップに自ずと気が止まる。
ワンクール前の戦隊物のおもちゃ。
変身モノのコンパクト。
ベビーカー。ぬいぐるみ。
カートゥーン調シールの付いたままの
高級ブランドなお化粧箱。
哺乳瓶にガラガラ。
「…すみません。」
「ん、はい?」
スマホを切って見上げるは
ブロンドのヤンママ。
個人でやっててちょっと浮いてる。
「あ、ど、どうですか?」
「…は?」
途端ながれる気まずい静寂。
どう切り出すか考えてなかった…
「くっ……あっははは!
ん~ぼちぼちでんなぁ?」
「す、すみません…」
「はぁ、こっちこそゴメンね!
驚いちゃってさ!」
危うく逃げ出すところだった。
「んで?やっぱ気になる?
本物のブランドもんだよ~?」
ここは角っこのブルーシート。
さっきのお化粧箱のあったところだ。
よく見るとバックやハイヒール、
口紅やアイシャドウなんか封も切ってない。
「いや、品揃えが気になっちゃって。
これなんか高いでしょう?」
アタシ、興味湧かないし。疎いし。
でもなんかもしかしてたしか
このバックてルイヴィ、ーーー
「あぁそれ?500円。」
「ゴッ、ッてえぇ!?」
「そこの化粧品全部300円。
ハイヒールも500円。まけないかんね?」
いや値段負けしすぎだろ。
「…やっぱ場違いだったかぁ!
あからさまにわたしのこと
皆んな避けてるもんね!」
当然だ。バリバリ現役な夜のルックス。
品揃えからしてブッ壊れのアイテム。
交流会でやってるのに、主婦の集まりから
外れてしまうのは余りにも意味がない。
まあでも。この値段を知れば品行方正な
地域委員だって目の色を変えるだろうけど。
「勿体無いですよ!こんなの!質屋や
ネットオークションで、ーーー」
「いらないの。」
「……え?」
ポケットから取り出すカラフルな紙箱。
そこから一本抜き出して、
「だから浮いてんのか、わたし。」
自虐的に空を見上げながら
そのままブルーシートに投げ捨てた。
「ヤなの。持ってるだけでヤダ。
視界にうつるのもヤダ。
買い取らせたってホラ。お金って
どうやっても捨てられないものでしょう?
だからってただ捨てるのも気に食わない。
だあってぇ、捨てられたのは…」
そこで像を結ばないカラコン越しの瞳が
ハッとする。
「ホンット…中坊相手にわたしマジで、」
「中坊ですけど。中坊なだけじゃない、です。」
膝を抱えて前屈み。
気づいたら結構な距離感。
でもアタシ、はっきりと。
続けてください。
なんて一丁前に言ってみせた。
口をそのままに強張らせたまま。
伏し目がちにめをあわせてくる。
「だから。」
すうっと肺に空気を入れる
喫煙者の沈むような深呼吸。
「二束三文で売ってやろうって。
わたしが。値段つけて。」
「…買います。言い値で。」
こんなセリフ、お父さんは言ったこと
なかっただろうなぁ…。
「ははっ、羽振りいいね!
イイじゃん、サービスしちゃう。
アンタさ、鏡とか持ってない?」
思わず、笑みが溢れる。
アタシマジで。こんなところで。
いったい何を、考えてるんだろう?
「そういえばありました。とっておきのが。」
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