4月1日の他人

@azumariku

第1話

みんなが出会いの季節と言っている春は、私にとって別れの季節だった。

これは、私がさよならをする話だ。



毎日朝6時に私は目を覚ます。身支度をし、朝食を食べて電車に乗り学校に向かう。学校には早くついて軽い清掃などをして後から登校してきた友人と喋る。それが私が演じる『工藤 美久』の毎日だ。高校2年生で性格は真面目だが放課後や休日は友人と遊んだり、行事には率先して参加するクラスの中心的存在…という設定だ。私は与えられた役を一年、毎日演じる。そして一年経てばまた違う役を。これを私はもう何年続けているのかわからない。だが3月31日の23時59分にはシャットダウンされるかのように意識が落ち、4月1日に目が覚めると新しい役になっている。小学生の男の子であったり、中年のOLであったり、ヤクザの娘なんかもあった。最初は混乱して、全てを無視して行動をしてみたりしたが、その設定その役通りに動かないと猛烈に痛い頭痛に見舞われる。頭の芯から無数のアイスピックのようなもので刺される痛みに。だから自己防衛のために役を演じている。幸いエイプリルフールということで嘘をつくことで情報を聞き出したりできるのがありがたいところではある。

とまぁこのように私はさまざまな役を演じてて、今は『工藤 美久』を演じている。


「みくぅ〜!おっはよ!!」

「おはよ、さくら」

髪が少し茶色くて後ろに纏めている、溌剌としている少女が友人である安藤 さくらだ。

どうやら『工藤 美久』の大の親友らしく、毎朝清掃をしている時にやってくる。たいして手伝うわけでもないが、こうして明るくしゃべってもらえるとこちらの気分も少し上がるものだ。


「ねぇ聞いた!?今日数学抜き打ちテストらしいよ!!やばい私何もやってない…!!」

「もう、さくらはいつもやばいね。」

「だって勉強って難しいじゃん?それにほら、あたしには美久がいるからさ〜!」

「はいはい、教えてあげるから少し待ってて。掃除終わらせるから」

「ありがと〜!!美久大好き!!」

「はいはい、私も大好きよー」



こんな感じの毎日を一年演じる。自分が元々は何で名前だったのか、どんな人間だったのか。そんなことはもう覚えていない。設定に忠実であれば他は何をしてもいいらしいので、恋でもしてみようと思った。だが、どれだけ愛していたとしても4月1日を迎えると何も無かったことになるのだ。だからもう、深く人を愛すことはやめようととうの昔に決めたはずなのに。さくらは明るくて、運動神経は良くて、けれどもドジなところもあって。守ってあげたいような、ずっと一緒にいたいような。愛しているという言葉であっているのかわからないが、好きと言われるたびに心臓から送られる血液が速くなるのがわかる。

けれども、4月1日にはお別れなのだ。


「そういえばさ、あともうちょいで春休みじゃん?どっか一緒に行こ!!」

「…うん、いいよ。どこに行く?」

「うんとね、最近話題のフルーツサンド屋と、水族館なんてどう?あ、ショッピングも行きたいなぁ…」

すまないという気持ちを胸に春休みの予定を決めていく。これが最後になるかもしれない、と。


そして春休みに入り、3月29日。さくらと約束していた水族館、フルーツサンド屋に行った。まるで自分の時間だけが周りより早いように感じれるほど、楽しいひと時だった。


「ねぇ〜!めっちゃやばくなかった!?イルカとかも可愛かったしいちごのフルーツサンドめちゃくちゃ美味しかったし!!」

「ふふっ、ほんとにさくらはいちご大好きだね。私があげたバナナのフルーツサンドも美味しかったでしょ?」

「あれもやばかった!!今日一日中やばいくらい楽しい!!」

「さっきからやばいやばい言い過ぎ。」

「だってやばいじゃん!」

「…そうだね、やばかったね」

「うん!!!」

あぁ、この時が終わってくれるなと何度思えばいいんだろうか。この状況を作り出してるであろうクソッタレな神に今だけは祈る。どうか、どうかこの時間を永遠に…。


そして私は3月31日を迎えた。

23時59分には私はさくらとお別れをする。そんなことしたくはないのに。けれど最後に、さくらに最後に想いを伝えさせて欲しいと携帯で電話をかけた。ワンコール、ツーコール。スリーコール目でさくらは電話に出た。


「美久どうしたの?なんかあった?」

「…いや、なにもないよ。」

「そう?美久から電話してくるの珍しいから何かあったのかなって、ないならよかった!!」

「心配してくれてありがとう」


「…さくら」

「ん?どったどった?」

「大好きだよ、さくら」

「…」

「さくら…?」

「んぁ!?ごめんごめ、今まで美久からそんなこと言われたことないからちょっとびっくりして…。私も大好きだよ、美久!!」


あぁ、胸が高鳴る。どうしようもなくずっと一緒にいたい。けれどもそれは叶わない夢で。

それから0時を迎えるまでさくらと話をした。

明日から4月だね、クラス一緒になるといいね、私たちも受験期だよー、大学は一緒のとこ行けるといいね。なんて。

私が存在しないであろう未来を話す時間に涙を流しそうになる。


そして、時間はやってくる。

「…さくら」

「ん?どったの?あもしかして眠くなっちゃった?ごめんごめん!!」

「…うん、もうそろそろ寝るね」

「りょーかい!いい夢見ろよ!美久!」

「…ありがとう、さくら。さよなら」


そして意識がぷつんと切れる。


起きるとまた、エイプリルフールを迎えている。


窓の外を見ると、桜が咲いていた。

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