8.いざ殿下とのお茶会へ。
「ティアよく来たね。今日は息子との茶会だと聞いているが、もし息子に粗相があればいつでも私のところに来ておじさんの相手をしてくれてもいいからな。」
「……陛下、彼女は僕の招待客なのですから少しは遠慮してください。
こんにちは、クリスティア様。今日は来てくれてありがとうございます。」
侍女のリリアを連れて王宮に着くと執事の方が出迎えてくれて中へと案内される。掃除の行き届いた綺麗な廊下を通ってから庭に出てバラ園を奥へ進むとバラに囲まれた小さな庭があり、先に着いていた国王陛下とアルフレッド殿下が私に気づくなり私の元まで揃ってやってきた。そして国王陛下は冗談半分と言ったように笑い、アルフレッド殿下はそんな陛下に苦笑を浮かべながら私を出迎えてくれたのだった。
「国王陛下、またお会い出来ましたこと光栄に思います。そして、アルフレッド殿下、本日はご招待頂きありがとうございます。」
そう挨拶の言葉を口にしてから
「クリスティア様、顔をあげてください。こちらへどうぞ。」
「私は仕事があるから今日は挨拶だけで失礼するよ。」
そう言われ姿勢を戻すと私の返事を待たずして陛下は優しい笑顔を見せてからその場を後にした。
陛下にもう一度軽く頭を下げてから顔を上げると、目の前に殿下の手が差し伸べられその手にそっと自分の手を重ねる。ニコニコと笑顔を崩さないまま庭に設置されたテーブルの側まで行くとアルフレッド殿下自ら椅子を引いて私を席に座らせてくれた。
……あれ?普通に座っちゃったけど普通お付きの人とかがやるよね??アルフレッド殿下にやらせて良かったのかな???
あまりにも流れるような動作に違和感なく促されてしまったことに終わってから気づく。もちろん顔には笑顔を貼り付けたままだが、脳内はプチパニック状態である。
しかし、まだ立ったままの殿下は特に気にしていないように優しく微笑む。……いや、この笑顔が逆に怖いのだが。なんて思っても顔には出さないでいると、殿下は次にティーポットを手に持ち、あろう事か私のティーカップに紅茶を注ぎ出したのである。
「で、殿下!?」
「クリスティア様は紅茶はお好きですか?」
「は、はい、好きですが……」
「良かったです。今日の紅茶は僕が1番好きな茶葉をご用意致しました。お口に合えば良いのですが。」
さすがにさっきまでのように笑顔を貼り付けたまま、なんていかずに驚き慌てて立とうとしたのを殿下に笑顔で手で制される。すると殿下は何事も無かったように話を続けながら自分のカップにも紅茶を注いだ。
「殿下のお手を煩わせてしまい申し訳ございません」
「気にしないでください。今日は僕がクリスティア様をご招待させて頂いたのですから、僕がおもてなしすることは当たり前の事です。それから、ありがとうと言って貰えた方が僕は嬉しいです」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
……これは惚れるに決まってるーーっ!!!!
ふわっと柔らかく笑った顔はこの世のものとは思えない美しさでバックには薔薇が咲いているように見えた。――いや、物理的に咲いてはいるのだけど、そうじゃなくてものの喩えとしてね?――年下好きとしては、ゲーム内の成長した王子ではなく、まだ幼さを残す今の方が何万倍もかっこいいしタイプなんだけど!!!この可愛い笑顔があと1年も経つと純粋な笑顔じゃなくなるのか……勿体ない!!!と、今後の展開を想像して少しだけ悲しくなる。
「お菓子もご用意しましたのでどうぞお召し上がりください。」
「ありがとうございます、とても美味しそうです。」
「王宮の料理人はとても腕が良いので、とても美味しいですよ。僕のオススメはこのパウンドケーキです。今日の紅茶にも合いますよ。」
「そうなのですね。それではそちらをいただきます。」
そう言うと殿下は再び慣れた手つきでパウンドケーキをお皿に移すと私の前に音を立てずに置いた。
――少し離れて立っているリリアの視線が痛い……。
恐らく殿下にやらせてしまってるという恐怖と、給仕したいという衝動を必死に耐えているのだろう。しかし、殿下仕えの給仕係は殿下の後ろの少し離れた場所に控えて何事もない顔で立っているだけだから下手に手を出せないのだろう。
「ありがとうございます、アルフレッド殿下。」
「どういたしまして。他にも気になるお菓子があれば遠慮なく仰ってくださいね」
私のありがとうの言葉に殿下は再び嬉しそうな笑顔を見せる。が、私は正直胃が痛い。殿下に給仕させるなんて何様すぎてさっきから居心地が悪い。遠慮なくなんて言われても、出来ることなら遠慮したいのが本心である。
心を落ち着かせようとカップを手に取り紅茶に口をつけるとほのかな甘みと鼻を抜けるいい香りが口いっぱいに広がった。
「――美味しい……っ!」
ポロッと零れた言葉は机を挟んで正面に座った殿下の耳にまで届いたようで、それは良かったです。と柔らかい笑顔を向けられてしまった。
「失礼しました。とても美味しいので驚いてしまいましたの。」
「気にしないでください。今日は僕しかいません。あまり固くならずにお話してくれると嬉しいです。」
――それは無理です。なんて言える訳もなく笑顔を貼り付けてにこりと微笑む。
しかし、口にした紅茶はとても美味しくどこか落ち着く味がした。そんな紅茶に、合いますよ。なんて言われたら食べてみたくなるのは当たり前で私はパウンドケーキを1口大の大きさに切ってその欠片を口へ運んだ。
「っ!!これはとても美味しいですね!」
「お口にあったようで安心しました。」
「紅茶に甘みがあるから、パウンドケーキの甘さを少し控えてあるのでしょうか?しかし、その加減が絶妙でとても美味しいです!」
「毎日食べたくなりますよね」
「はい!」
思わず元気よく答えると、殿下はくっくっ…と喉を鳴らして笑っており、美味しいお菓子と紅茶でいっぱいになったの頭が一気に冷え前のめり気味だった姿勢をスっと定位置に戻した。
……恥ずかしいぃぃぃ!!!
くっくっと喉を鳴らして笑う殿下に余計に恥ずかしさが込上げる。もし目の前に殿下がいなかったら恥ずかしさで私は顔を真っ赤に染めていただろう。
今はそのことを隠すように口元に手を添えて冷静な振りする事が精一杯だ。
「失礼いたしました、取り乱してしまいましたわ。」
「大丈夫ですよ、僕は気にしてません。寧ろ先程のような顔を見せていただけた方が僕は嬉しいです。」
「しかし、それは……」
「今日は僕達しかいません。咎める者もおりません。だからどうか、楽に話して頂けると嬉しいです。」
ねっ?と付け足したような殿下の可愛い笑顔を見て、いやです!!なんて断れる人がいるだろうか?いや、いない。断言しよう、絶対に、いない!!!
裏表のなさそうな柔らかい笑顔を向けられてしまえば、肯定の言葉以外口になどできず私は内心で少し諦めのため息をついてから、分かりました。と返事をした。その言葉に殿下は嬉しそうに、ありがとう。と言葉を返すのだった。
「クリスティア様は噂通りの方ですね。」
「以前も仰っておりましたが、『噂』とは何なのでしょうか?」
「美しく聡明な令嬢が居られると他の令嬢方の間で噂になっていたのです。それからセリンジャー侯爵にもクリスティア様の事はよく話に伺っておりましたので。」
「お父様にですか……?」
「はい、クリスティア様の事をよく王宮でお話されていますよ。自慢に近いですが。」
「それは……ご迷惑をおかけして申し訳ありません。私が言うのもどうかとは思うのですが、お父様は身内贔屓な所がありまして、まさか王宮でもそのような事を口にしてるとは思いもしなかったです……」
「迷惑では無いですよ。国王陛下もそうですが、僕もセリンジャー侯爵が溺愛している噂の花のクリスティア様にお会い出来るのをとても楽しみにしておりましたので。
この前のお茶会も国王陛下がセリンジャー侯爵にクリスティア様を連れてくるよう進言しなければ、僕がクリスティア様に出会うのは何年も後になっていたかもしれませんね。」
……ん??ん????まって、まって????国王陛下が進言したの?わざわざ私を連れて来いって???そんな話お父様から何も聞いてないんだけど!?
お茶会に急に、行こうか!なんてお父様が言い出したのはそういう事だったんだ……。まだ記憶に新しい心の中で豪雪が吹き荒れた時のことを思い出す。
つまり、今のこの状況が起こってるのはお父様ではなく、国王陛下が原因ということか。……流石に国王陛下には心の中でだろうが悪態はつけない!!!
しかし、殿下の『数年後』と言う言葉を聞いて逆に今のタイミングで良かったのかも……?と考える。
9歳になると殿下は魔術を発現させる。それに伴い性格を別人かな?ってレベルで拗らせる。そうなってしまえば私はどうすることも出来ない。つまりフラグ回避が遠のくということだ。そう思うと今のタイミングで出会い、しかもこんなチャンスイベントまで発生した事はある意味ナイスタイミングだったと言える。
今日の目的はあくまで良好な関係を築いたまま婚約者というフラグをポッキリ折ることだ。関係を壊す事でも、ましてや喧嘩を売りに来た訳でもない。あくまで良好な関係を築いたままだ。
――クリスティアがここにいる理由の元を辿れば王宮で自慢ばかりしていた父親のホークスが原因であると言うことにクリスティアは気づくことは無いままお茶会は続くのだった。
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