9.努力出来る事は、一番素晴らしい才能です。
「それはぜひ一度見てみたいね。」
「いえ……辞めておかれた方がよろしいかと」
「そんなに違うのかい?僕の知っているセリンジャー侯爵は真面目で仕事もできて常に冷静でかっこいい尊敬に値する人物だよ?」
「……先程、私の自慢話をされていたと仰っておりましたが、その時もですか?」
「そうだね、特別表情を崩すこと無く話していると思うけど」
「…………そうですか」
アルフレッド殿下と二人きりのお茶会が始まってから1時間ほど時間が経ち、最初はどことなく気まずさや遠慮などが混ざっていた雰囲気も、今ではテンポよく話が続くようになり二人の間には穏やかでゆっくりとした空気が流れていた。
気がつけばクリスティアの父・ホークス・セリンジャー侯爵の話になっており、殿下の話す自分の父の姿に対しクリスティアは首を傾げている。
クリスティアは思ったのだ。それは誰?と。そして、真顔で私の自慢話してるの?、と。
クリスティアはホークス仕事は真面目にやっていることを知ってはいるが、実際にその姿を見たことは無い。
そしてクリスティアが知っている父親と言うと、緩みきった表情で彼女に甘い姿だけである。その姿しか知らないクリスティアにとって、第一王子の言う『セリンジャー侯爵』としての父親の姿は想像し難いものだった。……父親としてそれはどうかと思う部分もあるが今は触れないでおこう。
「そう言えば、クリスティア様にはお兄さんがいますよね。」
「はい、ユリウスお兄様ですわ。今は学園に通っている自慢のお兄様ですの。」
「クリスティア様に似てとても優秀だと耳にしています。魔術に関しても宮廷魔術師を超える実力だとか。」
「そうなのですか!?
お兄様は学園でのお話をよく聞かせてくださいますが、自分の実力についてはあまり話してくださいませんの。特別である魔力を持っている事は知っていますが、それがそれほど凄い力だとは知りませんでした……」
「そうですか、魔力を持つと言うことはそれだけで特別扱いをされると聞いています。しかし、魔術以外でも名を挙げているユリウス様は様々な面で非常に優秀なのですね……僕とは大違いだ。」
お兄様の魔力がそんなにも強いものだとは思わなかった。この世界では魔力を持っているだけで本当に凄いのだ。
お兄様は優秀だけどそれを人に自慢したりする人ではない。それは私に対してもそうであるためお兄様の魔力がそんなにも凄いということを私は知らなかったのだ。
しかし、それよりも殿下の最後の言葉が気になる。
『僕とは大違いだ』ってどういうこと?
「殿下、それはどう言う……」
「少し、羨ましくなったのです。僕には魔力がありませんから。父上……国王陛下も魔力を持ちません。だから無くても問題はありません。」
そう言った殿下の顔に陰がかかるのが分かった。
まって、まって???私の記憶が正しければ殿下が
「しかし、僕は将来、この国の頂点に立ちこの国を導かなければなりません。それには国民を守るための力が必要です。もし僕にユリウス様のような大きな力があれば。そう考えてしまうのです。」
気の所為じゃなかったぁぁぁぁぁ!!!!
どういうこと?私が知らなかっただけで実はそういう設定だった??いや、公式ブックも、公式ブログも公式SNSも、さらには非公式ファンサイトの情報さえ見逃すことのなかった前世の私だ。もしそんな情報があれば見逃すわけが無い。
いや、もしかしたらまだ思い出していない記憶があるのかもしれない。第一王子の裏の顔すら今朝思い出したのだ。そういうことがあるかもしれない。
でも、もしかしたら……と一瞬期待してしまうが、ゲームの内容が変わってきてる?そんなことありえるの?と、すぐさま疑問へと変わる。
「無いものはどう足掻いてもありません。だからこそ努力をしてきました。誰にも負けないように。でも、ユリウス様を見て初めて勝てないと思いました。彼は天才なんだと、そう思いました。」
さっきまで目を細めて笑っていた瞳はどんどん下を向いていき、半分閉じた瞼は瞳に影を作る。
ピンッと伸びていた背筋は今は少しだけ力なく曲げられていてその姿から自信のなさが伺える。
殿下は常に周りと比べられてきた。しかし彼には飛び抜けた才能がなかったんだ。それでも誰よりも努力して認められようとした。なのに周りはそれを『才能』の一言で片付けた。それが余計に殿下の
でも、私は知ってる。
幼い頃から剣を振り続け手の豆が何度も潰れ硬くなってるのを知ってる。彼が人知れず悔し涙を流しているのも知ってる。夜遅くまで政治や経済について学んでいでいるのも知っている。
「……殿下、誰かに勝つことは、殿下にとっていちばん重要なことですか?」
「っ、当たり前だ!!」
「では何故、誰かに勝たないといけないのですか?」
「それは……僕はいつか国王になる人間だから……だから誰にも負けてはいけないのです」
「殿下、誰かに負けることは、弱いことの証明ではありません。まだ強くなれるという証明だと私は考えます。」
「強くなれる証明……?」
「はい。人は負けた分だけ強くなります。反対に負けを知らない人は強くなれません。それは力も、心もです。」
負けを知らない。確かに強いことかもしれない。でもそれは決して
そして、負けを知っている人は心が強くなる。心が強くなれば体も強くなる。心と体はきっと切り離して考えるのではなく、繋がっていると考えた方がいいと私は思っている。
「殿下、気にする事なんて何も無いですわ。
私は今はまだやらせて貰えないですが、お菓子作りが好きですの!才能は持っていません。ですが、好きな気持ちは1番だと思っています。それではいけないのですか……?」
殿下の強さと、私のお菓子作りでは事の重大さが違うのは100も承知。それでも、『才能』という生まれ持つ力については両方とも同じと言えるだろう。
「私にも魔力はありません。殿下と違い努力をしていないので剣術も出来ません。しかし、だからと言ってそれを負けたとは思いません。」
人には向き不向きがある。できることと出来ないことがあって当たり前だ。人間なんだもの。それこそ全てを完璧にできる人間がいたらちょっと怖いとさえ思ってしまう。本当に人間ですか?って疑ってしまうだろう。
「私にはまだ、才能がどのようなものか分かりません。しかし殿下の才能は【努力できる事】なのかもしれませんね。そしてそれは恐らくこの世界で一番の才能だと私は思いますわ」
言葉にすることは簡単だけど、それを実行できる人は少ない。なのに殿下はずっと、毎日毎日努力を続けた。それを才能と呼ばずになんと呼ぶのだろうか。
私の言葉が不快だったのか、殿下はじっと私の目を見つめている。もしかして不敬罪で処刑!?!?
……なんて、一瞬冷や汗をかくも、殿下があまりにも優しく笑うものだからついドキッとしてしまったのは気づかなかった事にしよう。
「クリスティア様は変わった考えをしておられるのですね。努力出来ることが才能だなんて、初めて言われました。」
穏やかに話す殿下に、さっきのは不快だった訳ではなく私の言葉が意外だったのだと気づく。
「人には向き不向きがありますわ。だから出来ることをすればいいと思います。私もそうしてますわっ」
「そうですね……そうですよね。ありがとうございます」
そういったアルフレッド殿下はもう大丈夫そうだった。
その表情に陰は落ちていない。さっきよりもスッキリしたように私に笑顔を向けている。
その後しばらくたくさんの話しをするも、準備万端だった『私、お慕いしている方が……』の演技をするタイミングも流れもなくお茶会は無事終了を迎えた。
そして帰り道、ふとあることに気づく。
……あれ?これ、フラグ回避ちゃんとできたの??
てか、ヒロインの役目、取っちゃってない???
と、フラグ回避が出来たのか、当初の目的であった良好な関係を築いたま婚約者フラグを折ることが出来たのか、結果、有耶無耶なまま私は王子宮を後にしたのだった。
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