真実 1

 フランシスの話はこうだった。

 ダニエルは五年前、妻を殺害した罪で監獄へ送られた。

 しかしそれは冤罪で、ダニエルは妻を殺してはいなかったらしい。


「五年前、ダニエルはポルカ町で骨董品を販売する店を営んでいた。と言っても、その日暮らしていける程度の小さな店で、扱う骨董品も、骨董と名がつくだけの古いガラクタのようなものばかりで、言い換えれば中古品を安く販売しているような店だったそうだ。妻と二人で切り盛りしていたと言っていた。しかしある時、大口の依頼が入ったらしい」


 少し離れた町に住む、そこそこ金持ちの男からの依頼だったそうだ。貴族ではないが商売で成功した男だったそうで、見るからに裕福そうな男だった。

 その男が言うには、経営していた会社の業績が悪く、それを補填するために手持ちの骨董品をいくつか買い取ってくれないかとのことだった。

 買い取り価格が大きく、ダニエルにはすぐに支払うだけの金が用意できなかったため、一度は断ったらしい。けれど男は、金は骨董品が売れてから払ってくれればいいと言ったという。


「この時点で怪しいが、ダニエルは人がいいのだろうな。困っているという男の言葉を鵜呑みにして、それならばとその話を受けてしまった」


 エルシーにはフランシスの言う「怪しい」ポイントがわからなかったが、どうもこれが後々の問題を起こしたというのはフランシスの口調から感じ取れて、神妙な顔でごくりと唾を飲み込んだ。


「男は大量の骨董品をダニエルの店に運び込んだ。そして、販売価格まで指示して来た。ダニエルはそんな高額な値段をつけて、このあたりで売れるはずはないと言ったが、それ以下で売るつもりはないと男は言った。そして、ダニエルの予想通り、男が運び込んできた骨董品は一つも売れることなく、店に残った」

「それじゃあ、骨董品を売りに来た人は困るんじゃないですか?」

「いや困らない。……なぜならそれが狙いだったんだ」

「どういうことですの?」


 クラリアーナにもまだ話の流れが読めないようで、不思議そうな顔をした。エルシーにはもっとだ。意味がわからない。


「男の言うことはすべて嘘だったんだ。男は実業家でも何でもなく、泥棒だった」

「なるほど」


 クラリアーナは合点が言ったように頷いた。

 しかしエルシーにはまだわからない。


「泥棒? 泥棒さんがどうして骨董品を持ちこんむですか?」

「それらのものはすべて、男が――男たちが盗んだものだった。しかし置き場所に困った男たちは、販売ルートが見つかるまで、ダニエルの店を隠れ蓑にすることにしたんだ。盗んだのはケイフォード伯爵領からずっと離れた場所で、まさかポルカ町のしかも貧乏人が暮らしているような住宅街の小さな町の店に隠されているとは、誰も思わないだろう。ダニエルに到底売れないような高額な金額をつけさせたのは、それらが売られては困るからだ。誰かに買われたら、そこから足がつくかもしれないからな」

「いい手でしょうね。まさか、庶民の小さな骨董屋に堂々と盗んだものが置かれているなんて思わないでしょう」

「ああ。ダニエルも実際疑いはしなかったようだ。……だが、彼の妻は違った」


 フランシスは気が重そうに、トントンと指先で机の上を叩いた。


「ダニエルの妻は、ダニエルと結婚する前に、そこそこ金持ちの邸のメイドとして働いていた過去があったそうだ。骨董屋をはじめたのも、そのころに磨いたダニエルの妻の審美眼を信じてはじめたらしい。実際、見る目はあったようだ。ダニエルの妻は、店の中に並べられていく骨董品に違和感を覚えた。確かに価値のあるものだったが、つけられている値段が価値に見合っていないからだったらしい。そして、疑惑を持ちながら商品を見ているうちに、あることに気がついた。その中にあったサファイアの首飾りが、過去に見たことのあるものに酷似していたんだ」

「もしかして……」

「ああ、以前勤めていた邸の奥方が持っていた首飾りにそっくりだったんだ。ダニエルの妻は、即座にその邸に確認を入れた。すると、三か月前に泥棒に入られて、首飾りが盗まれたと回答があった。ダニエルの妻はそこで、これらの商品がすべて盗まれたものではないかと推測したそうだ。ダニエルの妻は、そのことをダニエルに話し、骨董品を持ち込んだ男に詰め寄った。男は否定したそうだが、その三日後――、ダニエルと彼の妻が寝ているときに侵入してきた男によって、ダニエルの妻は殺害された、ダニエルも重傷を負い意識を失ったが、幸い彼は生きていて……妻を殺したと冤罪をかけられて、投獄された」

「そんな……!」

「家の中からそれらしい証拠が何も出なかったから、他者の介入はないと判断されたらしい。ダニエルは否定したが聞き入れられず、いくら男の話をしようとも、店からはそれらの骨董品はすべて持ち出されていて証拠となるものがなかった。作り話だと信じてもらえなかったんだ」

「ひどい!」

「ああ。俺もそう思う。だが……」

「こんなものですわ。平民相手に、細かく調査がされることはないと聞きますもの。疑わしきはすべて罰する、それが平民に適用されるルールです。わたくしもどうかと思いますけれど、こればかりは、一朝一夕で対応できる問題ではないのですわ」


 クラリアーナが眉を寄せて息をついた。


「法の改正、公正な調査団体……教育された警邏隊。団体の設立も必要だ。そう簡単にどうこうできる問題ではない。予算も相当かかる」

「平民相手にそこまでのことをする必要があるのか……平民蔑視の考え方をいまだに持ち続けている貴族は、多いですから」


 フランシスが動こうとしても、周りの貴族が賛同しなければそう簡単には変えられない。クラリアーナがそう言って、フランシスに同情するような視線を向けた。

 フランシスは自嘲するように笑った。


「国王といえど、所詮はこの程度だ。議会の賛同がなければ法も変えられないし国庫も開けられない。ただ……今回のダニエル冤罪については、問題提起のきっかけにはなるだろう」

「じゃあ、ダニエルさんは……」

「過去の殺人容疑と脱獄についてはどうにかできる。今回、誘拐犯に斬りかかった件は、未遂だからさほどの問題にはならないだろう」

「そうだ! ダニエルさんはどうして誘拐犯に斬りかかったんですか?」


 エルシーが思い出したように声を上げると、フランシスは苦笑した。


「まだ気づいていなかったのか。お前は鋭いのか鈍いのかわからんな。ダニエルが斬りかかった誘拐犯……それが、ダニエルの妻を殺害した、骨董品を持ち込んだ男だ。ダニエルが脱獄したのは、その男に復讐するため。妻のかたきを討つためだ」

「じゃあ、もしかして、ダニエルさんが探していたお友達って……」

「妻のかたきを探しているなどと言えるはずがないだろう? その男のことだよ。もしかしたらポルカ町にまだ潜伏しているのではないかと思ったらしい。五年も前のことなのに……逆に言えば、それしか手掛かりがなかったんだろうな。よくそれで、脱獄してかたきを討とうなどと考えたものだが、ダニエルにとってはその復讐心だけが生きていく糧だったのかもしれない」

「……後味のよくない事件ですね」


 クライドがぽつりと言うと、フランシスは小さく頷いた。


「ダニエルは落ち着いている。会いたいのならばクライドを伴っていけ。……指輪、返すんだろう?」

「はい」


 ダニエルが忘れて行った指輪は、エルシーが大切に保管している。ダニエルの妻の形見だ。早く返してあげないと。


「その前に、服を着替えないといけませんわね」


 ダーナに指摘されて、エルシーは自分がまだ「お姫様」の格好をしていたことを思い出した。

 ダーナたちとともに着替えるために部屋を出ようとしたところで、コンラッドがやってきて、セアラを無事に保護したと報告があった。


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