いなくなったセアラ 2

 次の日になっても、セアラは帰ってこなかったらしい。

 弱り顔で修道院に訊ねてきたダーナたち三人からそう聞かされたエルシーは、茫然としていた。


 修道院の応接間にはダーナたち三人のほかに、エルシーとフランシス、コンラッドがいる。


 伯爵令嬢のセアラが一夜明けても戻ってこないなんて、あきらかにおかしい。お姫様に野宿などできるはずもないからだ。どこか宿に泊まった線も考えられるが、ダーナたちから事情を聞いたヘクター・ケイフォード伯爵がポルカ町をはじめ各地に人をやって探させて、その際に思いつく宿はすべて連絡を入れさせたというから、その可能性は低いだろう。

 ダーナたちはセアラの件でヘクターやその妻のミランダから責め立てられたようで、ひどく憔悴していた。


(セアラが勝手にいなくなったのに、ダーナたちを責めるなんてひどいわ)


 エルシーはヘクターとミランダに腹を立てたが、セアラの身代わりではなくなったエルシーが、妃候補とその侍女の事情に口を挟むのはよろしくない。

 歯がゆく思いながらダーナたちの話を聞いていると、フランシスが厳しい表情でコンラッドを振り返った。


「ケイフォード伯爵から連絡があればすぐに騎士を動かせるように手配しておけ。一夜明けても帰ってこないのはさすがにおかしい」

「わかりました」


 フランシスの緊迫した雰囲気に、エルシーは自分が思っている以上に状況がよろしくないと悟る。


「フランシス様、セアラは……」

「何か事件に巻き込まれた可能性がある。ケイフォード伯爵が探させているのにろくな手掛かりが出ていないんだ、セアラが単独で動き回っているとは考えにくい。ダーナとドロレスはこのままケイフォード伯爵家から修道院に移るように。カリスタにはこちらから話を通しておこう」


 このままケイフォード伯爵家にいても、ヘクターたちに責め立てられ二人が居心地の悪い思いをするだろうからと、フランシスはダーナたちにそう命ずる。


「クライド、お前もケイフォード伯爵家にいる騎士を連れてこちらへ移れ。こちらはこちらでセアラの手掛かりを探す。それから、修道院の名前は出さなくていい。下手に移動先を告げると訝しがられるだろう。ここにはエルシーもいることだしな」

「はい」

「エルシー、ダーナたちを部屋に案内してやれ。昨日、ろくに寝ていないはずだ」


 フランシスの言う通り、ダーナとドロレスの顔色は悪かった。目の下にも濃い隈ができている。眠れなかったのだろう。

 エルシーは頷き、ダーナとドロレスを連れて応接間を出た。


「あの、お妃様……」

「エルシーよ、ダーナ。わたくし、もうお妃様候補じゃないもの」


 廊下に出てすぐに話しかけてきたダーナに、エルシーはにこりと笑って返した。セアラの身代わりはもう終わっている。だからエルシーは、彼女たちから「お妃様」と呼ばれる存在ではない。


「エルシー様……その、申し訳ありません」

「どうしてダーナが謝るの? ダーナもドロレスも、もちろんクライド様も全然悪くないわ。むしろセアラがごめんなさい」


 ずっと会っていなかったとはいえ、双子の妹がしでかしたことだ。エルシーが謝ると、ダーナたちは首を横に振った。


「いいえ、目を離したわたくしたちが悪いんです」

「そんなことはないわ。一分一秒も目を離さずに見張り続けるなんて無理だもの。フランシス様もダーナたちに責任がないと思っているからここに移るように言ったのよ。セアラがどこにいるのは気になるけど、ダーナたちが責任を感じる必要はないわ」


 とはいえ、ダーナとドロレスのこの様子だと、エルシーがどれだけ言葉を重ねようとも、責任を感じ続けるのは目に見えていた。二人はとても責任感が強いのだ。


(王宮についたばかりのころ、わたくしが家事をしようとするだけで大慌てだったものね)


 妃候補がすべきことではないと、二人は必死になってエルシーの代わりに家事をしようとしてくれていた。掃除や洗濯、料理でそうだったのだ、セアラが消えたとなるとどれだけ責任を感じていることか。


(二人のためにも早くセアラを見つけないと。もう、どこに行ったのかしら……)


 ケイフォード伯爵領で育ったセアラには、このあたりの土地勘があるはずだ。修道院から滅多に外出しないエルシーよりもよほど詳しいだろう。そんなセアラが迷子になるとは考えにくいから、やはりフランシスの言う通り何らかの事件に巻き込まれたのかもしれない。


「とにかく、二人は少し休んだ方がいいわ。二人部屋でもいいかしら?」


 エルシーが空き部屋の扉を開けながら訊ねると、ダーナたちが「大丈夫です」と答える。


「たぶん、トサカ団長あたりが二人の荷物を持ってきてくれると思うから、お昼ごはんまで休んでいて」

「おきさ――エルシー様は?」

「わたくしはこれからシスターたちと修道院の中のお掃除なの。廊下がちょっとうるさいかもしれないけど、許してね?」

「それならわたくしたちも……」

「二人はダメ、ちゃんと休まないと。わたくしが礼拝堂で夜の見張りをしていたときに、休むように言ったでしょ? 今回は二人の番よ」


 王宮の礼拝堂を汚した犯人を捕まえると息巻いて礼拝堂の夜の番をはじめたエルシーに、二人はせめて昼間は休めと苦言を呈した。それと同じで、昨日ろくに休んでいないはずの二人には、休息が必要だ。

 エルシーが腰に手を当てて言うと、二人は困った顔をして、それから笑った。


「わかりました」

「それでは、お言葉に甘えて」


 エルシーは満足顔で笑顔を返すと、二人に「おやすみなさい」と言って部屋を出た。

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