いなくなったセアラ 3
ヘクター・ケイフォードはイライラしていた。
「セアラはまだ見つからないのか!」
書斎に入って来た執事に向かって怒鳴ると、セアラの捜索指揮を執っている執事は恐縮しきった顔で頭を下げる。
「申し訳ございません」
「……くそっ!」
執事からポルカ町とその周辺を探したが何の手掛かりもなかったという、報告にもならない報告を受けて、ヘクターは舌打ちした。
執事を下がらせると、ぐしゃぐしゃと髪をかきむしった。
(あの馬鹿娘が! エルシーを使ってここまでやり過ごしたのに、面倒なことを起しおって! 何のためにここまで育ててきたと思っているんだ!)
王宮の侍女の話しでは、カフェの裏口から姿を消したという。セアラのことだ、自由に遊びたくなって侍女を巻いたのだろう。
(このままセアラが見つからなければ、どうしたらいいんだ……)
セアラが消えたのは侍女たちのせいにできるだろう。彼女たちの監督不行き届きだと突っぱねることができる。しかし、セアラがいなくなれば、ヘクターは「王の妃候補」を失ってしまうのだ。いや――もしセアラが見つかったとしても、セアラが身勝手な行動をとったという事実は消えない。最悪、妃候補の資格を失うかもしれないし、失わないにしても国王はセアラに不信感を抱くだろうし、妃に選ばれないどころかそのあとの嫁ぎ先にも影響が出る。
(私の計画が!)
ヘクターは何が何でもセアラを国王の妃にしたいというわけではない。王の妃でなくていいのだ。ただ、王の妃候補として王宮で一年すごせば、その後、普通ならば考えられないほどの良縁が舞い込んでくるのだ。高位の貴族、傍系王族……伯爵家の中でも中流のケイフォード伯爵家では通常は望めないほどの上流階級から声がかかるのである。ヘクターの希望は、むしろ王の妃よりもこちらだった。なぜならヘクターには息子がおらず、娘を手放したら弟の息子の一人に伯爵家を継がせなくてはならなくなる。昔から優秀な弟に何かとコンプレックスを抱いていたヘクターは、その息子に伯爵家を奪われたくないのだ。
そして何より、ケイフォード伯爵家は、かろうじて自領を与えられている伯爵家だが、経営はあまりよろしくない。赤字にはなっていないが、特出すべき産業のない小領地の経営は困難で、決して順風満帆とは言えないのである。
ケイフォード伯爵家のためにも、セアラの婿は金持ちでなくてはならない。しかしケイフォード伯爵家より下の家格の男は避けたいし、成金などは論外だ。ゆえに、王の妃候補として一年無事にすごして、箔をつけて良縁を勝ち取る必要がある。
けれども、セアラが身勝手にも行方をくらましたという噂が広まればどうなるだろう。たとえ一年間王宮にしがみついたとしても、そのあとで良縁は舞い込んでくるだろうか。
「口止めが必要だ」
ヘクターは難しい顔で唸った。
セアラが消えたことを知っているのは、ケイフォード伯爵家の人間を除けば、王宮の侍女とここにいる騎士たちだけだ。何としても侍女と騎士たちを口止めしなくては。
「早くセアラを見つけて、侍女と騎士たちに口止めをする。そうしなければ、すべての計画がパアだ」
しかし、もしこのままセアラが見つからないままだったら――
ヘクターは最悪の事態を想定して憂鬱になりかけたが、ふと、妙案を思いついて顔をあげた。
「そうだ。別にセアラがいなくても、もう一人いるんだったな」
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