グランダシル像を守り抜け! 2

 エルシーの予感は見事に的中した。


 昼すぎになって一段と空が暗くなったと思ったら、ぱらぱらと雨が振りはじめた。

 それはあっという間に本降りになり、窓の外ではバケツの水をひっくり返したかのように激しく雨が地面を叩いている。


 洗濯物は昼前に取り込んでいたので被害はないが、午後から外で遊べなくなった子供たちは不満そうだ。


「風も出てきたわね。鶏小屋の戸に木を打ち付けておいた方がいいかしら?」


 いつだったか、風の強い日に鶏小屋の戸が開いて、鶏が逃げ出す大惨事になったことがある。あのときは追いかけて捕まえるのに苦労した。


「エルシー一人じゃ無理よ。わたくしたちも行くわ」


 シスターたちが、釘と金づちと一緒に雨避けの外套を持ってきた。

 エルシーもシスターから手渡された外套を羽織って、彼女たちと裏庭の鶏小屋へ向かう。


 遠くで雷が鳴っているからか、鶏たちはどこか落ち着かない様子だった。

 倉庫から板を持ってきて、シスターたちと鶏小屋の戸を打ち付けていく。板が重いのと、雨で金づちが滑るのとで四苦八苦していると、修道院からダニエルがやってきた。


「手伝います」

「まあ、ダニエルさん! 助かります!」


 シスターたちが笑顔で金づちをダニエルに手渡した。こういう時男手があるととても助かる。

 エルシーたちがあれほど苦戦していたのに、ダニエルはあっという間に板を釘を打ち付けて固定して、多少強い風でもビクともしないほど頑丈に止めてくれた。


「ダニエルさん、手際がいいんですね」


 しっかり打ち付けられた板を確かめながらエルシーは笑う。エルシーではこうはいかない。


「この時期は雨風が強い日がありますからね。昔住んでいた家の戸も、死んだ妻に頼まれてよくこうして打ち付けたものですよ」

「まあ、奥様はお亡くなりに……?」


 聞いてはいけないことを聞いてしまっただろうか。

 寂しそうに目を伏せたダニエルは、エルシーに向かってにこりと微笑んだ。


「お気になさらず。もう、五年も前のことなんです」

「五年と言うと、ポルカ町のお友達とも五年ぶりだっておっしゃっていましたよね。では、もしかして以前はポルカ町にお住まいだったんですか?」

「ええ。妻と二人暮らしでした。……妻と暮らしていた家は古い家でしたので、今は取り壊されて新しい家が建てられていましたけどね。ポルカ町の西の端のあたりに住んでいたんですよ」

(もしかして、奥様がなくなられてから旅人さんになったのかしら?)


 ポルカ町を訪れるのも五年ぶりだと言っていたし、ダニエルは妻を失った後で旅に出たのかもしれない。だが、この手のことはあまり突っ込んで聞かない方がいいだろう。淋しそうな表情を浮かべるダニエルは、きっと亡くなった妻のことを忘れられないでいるのだと思う。

 修道院の建物の中に戻って濡れた頭や肩を拭くと、エルシーはダニエルと別れて、シスターたちとダイニングへ向かった。大きい子はそうでもないが、幼い子たちは雷を怖がるので、みんなダイニングに集まっているのだ。


「エルシー、お外大丈夫だった?」

「鶏は無事?」


 エルシーがダイニングへ入ると、カード遊びをしていた子供たちが駆け寄ってくる。


「外はまだ大丈夫そうよ。ただ、これから風と雨が強くなると思うから、絶対に外に出てはダメよ? 鶏たちもちゃんと小屋の戸を固定したから問題ないわ」


 子供たちは安心したのか、口々に返事をしてカード遊びに戻る。


「この様子だと、夜中まで降りそうね」


 カリスタが窓の外を眺めながらつぶやいた。

 エルシーはカリスタの隣に立って、同じように窓の外を眺める。


「子供たちは、今日は大部屋でみんなで寝てもらった方がいいですかね?」

「そうね。今日はそうしましょうか」


 修道院では、小さな子たちは同じくらいの年の子が数人ずつ一つの部屋を使っている。エルシーのように成人しても修道院に残ることになった場合、部屋に余裕があれば一人部屋使えるが、子供たちはみんな相部屋だ。

 小さな子たちは、雷の夜は怯えてなかなか寝付けないので、そういう時は全員が一番広い部屋に集まって固まって寝てもらうようにしている。

 シスターたちは、嵐の夜は万が一窓ガラスが割れたり屋根が吹き飛んだりすると困るので交代で起きていて、エルシーも今年からはそちらに加わることになっていた。


(シスターたちに混ぜてもらうのははじめてだから、ちょっと緊張するわ)


 窓が割れたりすることは滅多にないのだが、修道院を守る役に混ぜてもらえたのだと思うと、不謹慎かもしれないがドキドキしてくる。


「エルシー、こっちにいらっしゃい。今日の夜の当番表ができたわよ。エルシーは夜の鐘の時間まで礼拝堂ね」


 夜の鐘とは深夜零時のことだ。このあたりでは正午と深夜零時に鐘が鳴らされるので、みんな「昼の鐘の時間」「夜の鐘の時間」と呼んでいる。

 シスターに呼ばれてエルシーはダイニングテーブルの上に置かれた当番表を覗き込んだ。


「わたくしの当番、この時間の礼拝堂だけですか?」


 もっと頑張れるのにと不満そうに口を尖らせると、シスターたちがくすくすと笑う。


「エルシーは先日の肝試し大会で頑張ったでしょう?」

「間違えてダニエルさんを気絶させたけど」


 一言余計である。

 失敗を蒸し返されて恥ずかしくなっていると、シスター・イレーネがおっとりと言った。


「夏だけど、こんな日の夜は冷えるから、ブランケットを持ってお行きなさいね。風邪を引いては大変だもの」

「わかりました!」

「たぶん明日の朝には雨もやむでしょうけど……風で飛ばされてきた落ち葉や枝の掃除が大変でしょうねえ」

「濡れてなかったら焚火ができるんですけどね」

「……落ち葉や小枝を見つけるたびに焚火を連想するのはエルシーくらいでしょうね」

「エルシー、焚火で芋を焼いて食べるのが好きだものね」

「食いしん坊なんだから」


 シスターたちに揶揄われて、エルシーはぷくっと頬を膨らませたけれど、あながち間違ってもいないので言い返せない。


(いつになったら、シスターたちに子ども扱いされなくなるのかしら?)


 こうしてシスターたちに揶揄われるたび、立派なシスターへの道のりはまだまだ長いようだと落胆するエルシーだった。


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