グランダシル像を守り抜け! 1

 朝、エルシーが洗濯物を干していると、牛乳配達のベンがやってきた。

 ベンはエルシーよりも二つ年上の十八歳で、四年前から父親を手伝って牛乳配達に来るようになった。


「エルシー、親戚の家から戻ったんだってな」

「そうなの。ベンも久しぶりね。おじさんの腰の具合はどう?」


 ベンも毎年肝試し大会には子供たちの驚かせ役で参加するのだが、一昨日は父親のぎっくり腰の看病のために参加しなかった。父親の代わりに牛の世話やなんやらで忙しいらしい。


「もう二日くらいはあまり動くなってお医者さんが言ってたけど、もうだいぶいいみたいだよ」

「それはよかったわ。あ、牛乳はいつものところよ。ヨーグルトの残りがあるから食べていく?」

「ちょうど小腹がすいてたんだ。助かる!」


 牛乳は料理に使う以外に、バターを作ったりヨーグルトを作ったりと大活躍だ。子供たちも大好きで毎朝飲むため、いつもたくさん運んでもらっている。


 洗濯を干す手を止めたエルシーは、ベンを手伝って牛乳の入った缶を台車に乗せると、彼とともにキッチンへ向かう。

 ベンが牛乳の缶を定位置に運んでくれている間に、エルシーはヨーグルトを容器に入れて、キッチンの中の小さなテーブルの上においた。近くの農家から分けてもらった蜂蜜も用意する。


「うちで作ったヨーグルトより、修道院のヨーグルトの方が美味いんだよな。同じ牛乳を使ってるのに、なんでなんだろう」

「院長先生の腕がいいからよ!」

「ああ、確かにカリスタさんの料理はうまいよなあ。そうか、ヨーグルトも作る人で味変わるんだな」


 カリスタの料理の腕を褒められて自分のことのように嬉しくなったエルシーは、ベンの隣に座ると、にこにこと笑った。


「もちろんよ! ホットミルク一つとっても違うんだから! わたくしも今、院長先生にいろいろ教えてもらってるのよ! そして将来は院長先生のように立派なシスターになるの」

「あー、お前は昔からぶれないよな」


 ベンが感心したように頷いたが、エルシーは曖昧に笑うにとどめた。まだ王宮のことを思い出して淋しくなってしまう自分がいて、胸を張って「もちろんよ!」とは言えなかったのだ。


 ベンはヨーグルトを流し込むように食べると、「ごちそうさん」と言って立ち上がる。牛乳配達の途中なのでのんびりはできないようだ。


「そういえばさ、ポルカの町に強盗が出たって話、聞いたか?」


 ベンを見送るために玄関へ向かっていると、ベンが思い出したように言った。


「強盗?」

「ああ。宝石店に入ったんだってさ。つっても、ポルカの町の小さな宝石店だから、商品も少ないし、言うほど被害はなかったみたいだけど、ブローチが数点取られたとかなんとか言ってたな」

「まあ、それは大変ね」

「だろ? ポルカ町なんてど田舎の町になんだって強盗が現れるのか不思議だけどさ。狙うなら公爵様の領地のでかい町にすりゃあいいのにな。まあ、ああいうところは警備も厳しいんだろうから、能天気な田舎の町を狙った方が盗みやすいのかもしれないけどさ。まあ、一応ここも気をつけとけよ。修道院なんだから、それなりに貴重なものとかあるんだろ? じゃあなー」


 ベンはそう言って、エルシーに手を振って去っていく。

 エルシーはベンに手を振り返して、途中になっていた洗濯物を干しに戻りながら考え込んだ。


(貴重なもの……うちにあるものと言えば、院長先生の部屋の金庫の中くらいなものかしらね?)


 大きな修道院になればそれなりに貴重なものも置いてあろうが、ここにあるのは、昔カリスタに見せてもらったことのある、手のひらの半分くらいの大きさの小さな小さな金色のグランダシル像くらいなものだ。

 その昔、グランダシル神を信仰していたヴィクトリアという名前の王女が所有していた像で、本物の金でできているらしい。


 それがどうしてここに置かれているのかと言えば、そのヴィクトリア王女がこの修道院を建造したからだ。

 公爵家に嫁いだヴィクトリア王女は各地にいくつかの修道院を建て、そのうちの一つがここらしいのである。建立された当初は、礼拝堂に置かれていたグランダシル像が、ヴィクトリア王女の所有していた小さな金のグランダシル像だったらしい。その後大きな石膏像が作られて、金のグランダシル像は金庫の中に納められたというわけだ。


 大丈夫だとは思いたいが、ポルカ町からここまではさほど離れてもいないので、あとでカリスタに教えておいた方がいいかもしれない。


「それにしても、今日はちょっと天気が悪いわ。お昼前には洗濯物を取り込んだ方がいいかしら?」


 空がうっすらと曇っていて、どこかで一雨きそうな気配がある。


「夏の雨は雷と一緒に来るのよね。落ちないといいけど……」


 エルシーは空を見上げて、そっと息を吐きだした。

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