エピローグ

 イレイズへの嫌疑は晴れて、ベリンダとミレーユはそれぞれフランシスの妃候補から外されることとなった。


 エリンケル国の元王族の血を引くベリンダが起こした事件はできれば公にはしたくないとのことで、彼が起こした事件の大筋については伏せられることとなったが、クラリアーナに毒を盛ったミレーユについては詳細を伏せておくことはできず、近いうちに公に裁かれるだろうとのことだった。


 ベリンダについても、詳細が伏せられるだけで罪がなくなるわけではないので、彼にも近いうちに相応の罰が下ることになるだろう。


 そしてグランダシル像が壊された礼拝堂の件だが、あれは思わぬ形で詳細が判明することとなった。

 というのも、あのグランダシル像を壊したのはベリンダらしいのだ。


 それを聞いた瞬間、エルシーの脳裏に「報復」というシスターにあるまじき物騒な単語がよぎったけれど、詳細を聞くうちに、竹ぼうきで殴って反省させるのはやめておこうという結論に至った。


 なんでも、礼拝堂の祭壇の奥の床には、昔使われていた地下室の扉があるのだそうだ。

 その地下室は滅多に開かれることがないらしいのだが、そこには戦女神を祀った祭壇があるという。


 この地で災いが起こったときなど、戦女神の怒りを鎮めるために使われる祭壇だそうで、ミレーユ経由でその存在を知ったベリンダは、人が来ないならと身を隠す場所に使うことにした。


 地下の扉を開けるためには祭壇の下に敷かれた絨毯を剥がなければならず、その際にグランダシル神の像を動かそうとして誤って転倒させ、壊してしまったのだそうだ。

 グランダシル神の像が壊されたことは非常に腹立たしいが、わざとでないなら仕方がない。


 ミレーユとベリンダは一足先に移送されて、数日後、エルシーたちも王宮へ向けて帰途に就くこととなった。

 スチュワートは気さくに「またおいで」と言ってくれたけれど、エルシーがここに来ることはもうないだろう。物騒な事件が起こってしまったが、ここ自体はとてもすごしやすい素敵なところだっただからまた来たい気がするが、それは叶わない。


 来たときと同じ日数をかけて王宮に戻ると、庭ではタンポポがいい感じに成長していた。採取したタンポポの根ストックがなくなるころには大きくなっているだろうが、そのころにはエルシーも王宮を去っているころだ。せっかく種をばらまいたが、無駄になってしまった。


(さてと、持って行った荷物を鞄から出して、洗濯が必要なものは洗ってしまいましょう!)


 まだ正午を少し過ぎたばかり。夏の日差しの下では洗濯物もすぐに乾くので、今洗っても夕方には乾いているだろう。


 エルシーは、片づけをダーナとドロレスにお願いして、洗濯物を抱えて裏庭に回った。

 井戸から水をくみ上げて、一枚一枚を丁寧に洗い、裏庭に渡している太いロープに干していく。


「うーん! 久しぶりの洗濯は気持ちがいいわ!」


 一仕事終えて、額に浮かんだ汗を拭っていると、ダーナが姿を現した。


「お妃様、実家からお手紙が届いていましたよ」

「え?」


 実家、と言われてもすぐにはピンとこなかったが、「セアラ・ケイフォード」の実家ならばケイフォード伯爵家からに決まっていた。


 エルシーは選択の際につけていたエプロンを外して、ダーナから手紙を受け取った。

 王宮に届く手紙は検閲されるから一度封が開けられている。届いた日にちが隅の方にメモ書きされていた。六日前に届いた手紙だった。


 封筒から手紙を取り出して見れば、飾り気のない白いレター用紙に、筆跡の強い字が並んでいた。ヘクター・ケイフォードからだ。


 内容はごく簡潔なものだが、読み終えたエルシーは無意識のうちに長い溜息をついていた。

 検閲が通るから、手紙は「セアラ」に向けて書かれているが、要約すれば「里帰りの日に帰ってくるように。約束のものを用意して待っている」と言うような内容だ。


 約束のものを用意と遠回しなことを言っているが、予定通りセアラと交代するという認識で間違いないだろう。

 里帰りの申請がはじまるのは十日後。移動日数によって許される期間は変わるけれど、誰もが実家に一週間ほどは滞在できるように日数が組まれる。申請すれば一日、二日で許可が下りると言うから、この王宮で生活するのは長くてもあと二週間ばかりのことだろう。


(もうすぐみんなとお別れね……陛下とも)


 エルシーがセアラだと知っているのは、フランシスとクラリアーナの二人だけ。最後にきちんとお別れが言いたいけれど、どうだろう、あまり周囲に不審がられることはしない方がいいのだろうか。

 エルシーは裏口から部屋に入ると、二階の自室でヘクターへの返信を書くことにした。


 ――里帰りの日に帰ります。


 その一言を書くのに、ものすごく時間がかかってしまったのが、自分でも意外だった……

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