彷徨う騎士 5

「きゃああああああああ!!」


 絹を引き裂くような甲高い悲鳴が響いたのは、夜明け前のことだった。


(え、なに!?)


 エルシーとフランシスが飛び起きたのはほぼ同時で、ややして続き部屋からランタンを片手にダーナとドロレスが部屋に飛び込んできて、フランシスの姿を見て悲鳴を上げた。


「陛下っ!?」

「いつこちらへ!?」


 しかしフランシスはそれには答えず、部屋の扉を開いて廊下を確かめた。

 まだ日が昇る前なので、廊下は薄暗くてよく見えない。


「貸してくれ」


 フランシスはダーナの手からランタンを奪うと、そのまま部屋を出て行った。

 エルシーもベッドから降りてフランシスについて行こうとしたが、すかさず回り込んできたダーナとドロレスに止められる。


「そんな格好で外に出てはいけません」


 エルシーは夜着姿の自分を見下ろして、別に裸ではないんだからいいだろうと思ったけれど、ダーナの剣幕に素直に従うよりほかはなかった。

 仕方がないので、夜着の上にガウンを羽織ってフランシスが戻ってくるのを待っていることにする。


 まだ夜明け前なので、メイドを呼びつけてお茶を用意させるわけにもいかないので、ダーナが水差しからコップに水を入れて持って来た。

 そして、ソファに座るエルシーの前で仁王立ちになると、にこりと凄みのある笑みを浮かべる。


「それでお妃様。どうして陛下がこちらへ?」


 ベッドを確認していたドロレスも、微笑みを浮かべてダーナの隣に立った。頬に手を当てて、小首をかしげる。


「何もなかったようですけど、だからこそ余計に不思議ですわねえ」

「?」


 ドロレスの言う意味が解らず首をひねっていると、ダーナが額に手を当てた。

 説明を求められたので、エルシーがフランシスが護衛の騎士の数を減らすためにここに来たと言えば、二人はますます解せない顔をした。

 エルシーがさらに、フランシスがソファで寝ると言ったからベッドを勧めたら一緒に寝ることになったと言えば、大仰にため息をつかれる。


「それでただ一緒に同じベッドで眠っただけですか……はあ、お妃様は何というか……いろいろすごいことをなさるというか……」

「本当ならば陛下がお部屋にいらしたことを喜ぶところなのでしょうが、これでは喜べませんわねえ」


 ダーナもドロレスも、なんでそんなに残念な子を見るような目を向けてくるのだろう。

 エルシーはもとより早起きだが、ダーナもドロレスもすっかり眠気が飛んだようで、エルシーへの追及を終わりにして部屋のカーテンを開けた。


 小さな雲が少し浮かんではいるものの、紫色の空はすんでいて、今日はよく晴れるだろうと思われた。

 エルシーが立ち上がって、窓から庭を見下ろせば、庭には薄霧がかかっていてぼんやりしていた。

 今日も礼拝堂には入れないだろうなとエルシーが礼拝堂のある一角に視線を向けたとき、霧の中に人影のようなものを見かけた気がして目をこする。


「どうされました?」

「あ、うん。あのあたりに誰かいたような気がしたんだけど……」


 エルシーが礼拝堂の近くを指させば、ダーナとドロレスがそちらを確かめて首を横に振る。


「何も見えませんわよ」

「そうですよ。こんな朝にもなっていないような時間に、誰かが庭に降りるはずありませんわ」

「うーん、でも、さっき黒い影が横切ったような気がしたのよね」


 エルシーが腕組みで左右に首をかしげていると、ドロレスが二の腕をこする。


「やめてくださいませ。おばけでもあるまいし」

「なるほど、おばけだったのかしら?」

「お妃様!」


 ドロレスが小さな悲鳴を上げて、聞きたくないと両手を耳にあてた。


「お妃様。滅多なことを言うものではありません」


 ダーナが少し低い声で諫める。ベリンダの失踪があったあとだ、ダーナの言う通り、怖がらせるような発言はすべきではなかった。エルシーは顔を強張らせているドロレスとダーナに「ごめんなさい、多分気のせいよ」と言って、もう一度だけ礼拝堂の当たりを確かめたあとでソファに戻る。


 それから少ししてフランシスが戻って来たけれど、その表情はこわばっていて、疲れたように左右に首を振りながら言った。


「悪いが、今日も部屋の中で待機だ。ジュリエッタ・ロマニエが不審な騎士を見かけたらしい」

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