彷徨う騎士 4
すやすやと規則正しい寝息が薄暗い室内に響いている。
就寝時間が早かったためか、なかなか寝付けなかったエルシーは、先ほどまでクッションで線引きされた隣でぽつりぽつりと他愛ない話をしていたのだが、不意に声がぷつりと途切れたかと思うと、静かな寝息をかきながら眠りについた。
フランシスはごろりと寝返りを打って、枕の上に肘をついて頭を支えると、クッションの奥にあるエルシーの顔を覗き込んだ。
安心しきった様子で眠っているエルシーの寝顔は、起きているときよりも少しだけ幼く見える。
(まったくお前は、この状況で寝るのか)
クッションで線引きがしてあるとはいえ、一つのベッドの上に男がいるというのに、無警戒で眠りにつくなんて考えられない。
フランシスはエルシーの部屋に強引に入り込んだ自分のことを棚上げして、あきれたため息をついた。
扉の外には見張りのクライドだっているし、それで安心しているのかもしれないけれど――エルシーはわかっていないのだ。
妃候補に上がった時点で、国王は彼女たちに手を出す「権利」がある。過去にも、妃候補の時点で国王の子を身ごもった妃の例もあり、世継ぎが求められる国王にはむしろそれが推奨されているくらいだ。
つまり、候補でありながら、彼女たちは国王に差し出されたも同然の立場で、一年を終えて国王の妃におさまらなかった場合でも、彼女たちは国王の手のついた「下がりもの」としての扱いを受ける。
普通、ほかの男の「手がついた」女性は結婚競争で不利になるのだが、国王だけは例外で、むしろ妃候補であったことは国王との強いつながりがあるとみなされて、妃になれなくとも引く手あまただという話だ。
馬鹿馬鹿しい話だが、そう言う理由で、もしもフランシスがこの場でエルシーに手を出したとしても、止める人間はどこにもいないし、エルシーが拒否した場合彼女が悪いとみなされる。
もちろんフランシスはエルシーに無体を強いるつもりはないし、第一彼女がセアラ・ケイフォードの身代わりだと知っているのに手を出せば、エルシーに軽蔑されるのはわかっていた。
なんとかしてこのままエルシーを手元に置く手段はないものかと考えてはいるものの、それはフランシスが勝手に考えていることで、エルシーに何をしてもいいという理由にはならない――のだが。
(はあ、忍耐力を試されている気分だ)
フランシスは上体を起こすと、手を伸ばしてエルシーの頬をふにっとつついてみた。
エルシーは子供のころとほとんど変わらない、マシュマロのように弾力のあるすべすべの肌をしている。あまりに触り心地がよかったので、ずっとふにふにしていたら、エルシーの眉がむーっと寄った。
起きるかと思ってぱっと手を放したが、起きる気配はなく、エルシーはむにゃむにゃと言葉になっていないが明らかに文句とわかる不機嫌そうな声で何かを言って、またすーすー寝息を立てる。
フランシスはホッとして、それから顔にかかったエルシーの柔らかい銀色の髪を払ってやった。
「……まったく、人の気も知らないで」
フランシスは女性を信用しないし、大半の女性が好きではないけれど、エルシーは例外だった。子供のころに一緒に過ごしたのは僅か一か月ほど。たまに思い出すことは会っても、探し出そうとまでは思わなかった。それなのに、妃候補として入ってきた「セアラ・ケイフォード」が実はエルシーだったとわかった途端、どうしようもなく彼女が欲しくなって、手放したくなくなった。
子供のころと変わらない、純真でくるくると変わる表情。さすがに男が隣にいて熟睡できるのは考えものだと思うけれど、エルシーだから仕方がないと思う自分もいる。
昔から女性を毛嫌いして遠ざけてきたフランシスには、この感情が恋なのかどうなのかはわからないけれど、どうせ妃を娶らなければならないならエルシーがいい。というか、エルシー以外の女性を愛せる自信がない。
問題は、エルシーの言うところのセアラの痣が治ったあと、身代わりで王宮に入ったエルシーをどうやって繋ぎ止めるかだ。
手段を選ばなければいくらでも方法はあるのだが、修道院が大好きなエルシーに強引な方法はとりたくない。
(まあ、これは城に帰って考えるか。……今は、消えたベリンダの件だな)
クラリアーナに毒を盛った犯人もまだわかっていない。
こんな危険そうな場所にエルシーを置いておくのは不安だったが、クラリアーナが毒を盛られ、その嫌疑がイレイズにかかり、さらにはベリンダが消えたとなると、フランシスは事件が解決するまではここを動けないだろう。さすがに妃候補が三人も関わっているとなると無視できない。
エルシー含め、事件に関係のないほかの妃候補たちだけを王都へ帰すことも考えられたが、エルシーをフランシスの目の届かないところへ向かわせるのは不安だった。大丈夫だとは思いたいが、フランシスがエルシーを気にかけているのはほかの妃候補たちも知っている。クラリアーナがバックにいるためエルシーが攻撃されることはないけれど、フランシスもクラリアーナもそばにいないとなるとわからない。
エルシーだけを王都へ帰すわけにもいかないだろう。
(というか、むしろほかの妃候補たちを追い出したいがな)
ベリンダが失踪したというのに――いや、だからこそそれを理由に妃候補たちがフランシスの部屋に押し寄せて、怖いから一緒にいてくれと言い出す始末だ。
早く就寝しろと言ったのに、フランシスの部屋には何人もの妃候補たちが押し寄せてきて、フランシスの護衛をしていたコンラッドが追い返しはしたけれど、夜中にもやってきそうな雰囲気だった。
だから、護衛の騎士の数が心配だと言ったのは建前で、フランシスは部屋に押しかけて来る妃候補たちが面倒で、エルシーの部屋に避難したというわけである。
立て続けに事件が起きたからエルシーのことも心配だったし、そばにいれば彼女を守れて一石二鳥だ。
フランシスは手を伸ばし、もう一度エルシーの頬をふにっとつつく。
(癒される……)
フランシスは笑って、エルシーの頭を軽く撫でたたあと、ベッドにもぐりこんで目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます