彷徨う騎士 3

 フランシスの言いつけ通り、早く寝ることにしたエルシーは、メイドのマリニーが用意してくれた風呂に入って、早々にベッドにもぐりこんだ。


 ダーナとドロレスが部屋の灯りを落として続き部屋に引っ込むと、暗い天井をぼんやりと見つめる。

 早く寝ろと言われても、いつもよりも一時間以上早いので、まだ全然眠たくない。


 カーテンの隙間から漏れ入ってきた月明かりが、一本の線のように部屋を横切っていた。

 今日はよく晴れていたから、月も綺麗に輝いているのだろう。

 月明かりの差し込む夜の礼拝堂はとても綺麗だろうが、部屋から出てはいけないと言われているのが残念だった。


(グランダシル様の像……、誰が壊したのかしら)


 石像を作るには時間がかかる。エルシーたちが滞在している間に完成することはないだろう。つまり礼拝堂はずっと封鎖されたままだ。


 神様の像を破壊するなんて罰当たりなことをする人間を捕まえて反省させたかったけれど、これでは礼拝堂に張り込むこともできないし、クラリアーナの件やベリンダの件があるから、絶対にフランシスは許してくれない。

 シスター見習いとして、エルシーはグランダシル神に仇なすものを反省させる義務があるのに、ままならないものだ。


 せめて、犯人が捕まったあとで話をするくらいは許されるだろうか。修道院の院長カリスタのようにうまく教えを説くことはできないけれど、二度と同じ過ちを繰り返さないように、犯人を改心させなくてはならない。


(それに……もし、もしもよ? クラリアーナ様に毒を盛ったり、ベリンダ様を攫った犯人と、グランダシル様の像を破壊した犯人が同じだったら、それこそしっかり反省してもらわないとだめだわ。だってクラリアーナ様は一歩間違えれば死んでいたかもしれないのだし、ベリンダ様だって攫われて心細いはずだもの、やってはいけないことはシスター見習いとしてきちんと諭さないと!)


 カリスタは罪を犯した人のことを「迷える子」と呼ぶ。大人でも子供でも同一にそう呼ぶのは、創世の時代から永遠を生きるグランダシル様から見れば、大人でも子供でも等しく「子」であるからだそうだ。


 カリスタはその「迷える子」である罪人を、罪と言う名の迷宮から救い出さなければならないと言った。正しく教え、導くことで、誰しも改心することができる。カリスタはそう信じているし、カリスタに育てられたエルシーもまたそうであると信じている。


 だから、今回の犯人にしてもきっと、丁寧に教えを解けばわかってくれるはずだ。カリスタ以上に時間がかかるかもしれないけれど、エルシーは犯人をきちんと反省し、正しい道に戻したい。

 これだけ大きな事件であれば、エルシーの希望でどうこうなるものではないかもしれないけれど、せめて一度だけでも話をさせてもらえれば嬉しい。


(はあ……それにしても、やっぱり眠れないわ)


 エルシーはごろん、と寝返りを打った。――その時だった。


 コンコン、と小さな音がして、エルシーは飛び起きた。それは本当に小さな音だったけれど、間違いなく扉を叩く音だった。

 まだ夜と言え早い時間ではあるけれど、いったい誰だろう。

 エルシーはベッドから降りて、そーっと扉に近づいた。エルシーの部屋を担当していたのはトサカ団長――クライド副団長だったけれど、彼だろうか。

 しかし、小さく扉を開けたエルシーは目を丸くした。


「へ――」

「し!」


 エルシーの口を人差し指で蓋をして笑ったのはフランシスだった。

 扉の隙間から勝手に部屋の中に体を滑り込ませると、フランシスはぱたんと扉を閉めてしまった。


「……陛下、どうしたんですか?」

「部屋を移ることにしたんだ」

「は?」


 今、フランシスはよくわからないことを言わなかっただろうか。

 フランシスは薄暗い部屋の中を、カーテンの隙間から入り込んでいる月明かりを頼りに横切ると、当たり前のようにソファに座った。


「だから今日、俺はここで寝る」

「はい!?」


 決定事項のように言わないでほしい。そして当たり前のようにソファに横にならないでほしい。


(というか、国王陛下をソファで寝かしたら駄目よね?)


 いくら広いソファでも、さすがにまずいだろう。フランシスは背が高いから足が余っている。

 エルシーは慌ててフランシスのそばに寄ったが、クッションの一つを枕にしたフランシスは、なんだか楽しそうに笑っている。


「部屋の前に騎士たちを配備したり、城内を巡回させたりしているから、騎士の数が少し足りないんだ。だから俺がここですごせば、騎士の数を節約できるだろう?」


 この部屋はクライドが見張っているが、もともとクライドはフランシスの護衛だった。つまりはじめから、フランシスはここに来るつもりだったということか。

 エルシーはあきれたが、至極当然な顔をして「これも皆の安全のためだ」と言われては言い返せなかった。なにか間違っている気がするのに、そう思う自分が間違っているような気もしてきて、よくわからなくなってくる。


「事情は……本当はよくわかりませんが、とりあえずわかりました。でもソファで寝るのはダメだと思いますよ。風邪を引いちゃいますし、首とか背中とかが痛くなっちゃいます」

「だがベッドは一つしかないだろう?」

「はい。だからわたくしがソファで寝るので、陛下はベッドを――」

「却下だ。それではエルシーの首や背中が痛くなるだろう?」

「わたくしは背が低いので大丈夫だと思いますよ」


 エルシーの身長ならば、ソファにすっぽり収まるはずだ。だから、身長が高いフランシスがベッドを使うべき。そう主張したけれど、フランシスは「駄目だ」と言って首を横に振る。

 だがエルシーも引くわけにはいかないので、しばらく押し問答を続けていたが、どうあっても結論が出ないので、エルシーはむーっと眉を寄せた。

 するとフランシスがにやにや笑いながら「一緒に寝れば解決だな」と言った。

 エルシーはポンと手を打った。


「なるほど!」

「……なに?」

「だから、一緒に寝ればいいんですよね? ベッドはとても広いので、問題ないと思います」

「は?」


 これに焦った声を出したのは、なぜかその提案をしたはずのフランシスだった。


「待て待て、それはさすがにまずい」

「どうしてですか? 陛下がおっしゃったのに。名案だと思いますよ!」

「いや、だから……」


 エルシーは急いでベッドまで行くと、布団をはいで、クッションを間に置くことでベッドを真っ二つに分ける。


「こちら側がわたくしで、あちら側を陛下が使えばいいんです」

「…………エルシー、君はいくつだ」

「十六です」


 知らなかったのだろうか? また、どうしてここでエルシーの年齢を訊ねたのだろうか。

 意味が解らず首をひねったが、フランシスは大きなため息をついただけだった。


「……君は純粋すぎて困るな」

「はい?」

「いや、もういい。そちら側で眠れば満足なんだな」

「はい!」


 エルシーが大きく頷くと、フランシスは諦めたようにソファから起き上がった。


「先に言っておくが、明日、侍女たちが起こしに来て不都合な思いをするのは君だとだけ告げておこう」


 エルシーはきょとんとして、それから笑った。


「よくわかりませんけど、二人よりわたくしの方が早起きですから、二人がわたくしを起こしに来ることはありませんよ」

「……………………そうか」


 フランシスは疲れたように言って、ベッドにもぐりこんだ。



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