彷徨う騎士 2

 朝から部屋ですごしたエルシーたち妃候補は、夜になって、晩餐のために一階のメインダイニングに集まった。


 イレイズの拘束はまだ解かれていないので姿はなかったが、クラリアーナは降りてきていた。

 ベリンダはまだ見つかっておらず、ダイニングの雰囲気は重たい。


 フランシスとスチュワートはまだ姿を現していないが、イレイズとベリンダを除く十人の妃候補たちは全員揃っていて、各々好きな席に座っていた。

 エルシーはクラリアーナとともに、席の倍率の低いフランシスたちの席から一番遠いところに腰を下ろして、八人の妃候補たちを見るともなく眺めていた。


 あんなことがあったというのに、フランシスの席の近くに座りたがるのは相変わらずで、中には近くに座る妃候補をけん制するように睨んでいる人もいる。

 なんだかむしろ、ライバルが減って喜んでいるように見える人までいて、エルシーは気分が重たくなってきた。


「わたくし思うのだけれど、クラリアーナ様の件はベリンダ様が犯人だったのではないかしら」


 早く晩餐がはじまって、この場から解放されたいなとエルシーが俯いた時、誰かがぽつりとつぶやいた。

 え、とエルシーが顔をあげると、最初にその発言をしたのが誰かはわからないが、数人がそれに同調したように頷いて口々に勝手なことを言いはじめた。


「クラリアーナ様に毒を盛って、怖くなって逃げ出したのよ」

「枕を引き裂いたのはきっと攫われたと見せかけるためね」

「まあ、恐ろしいわ」


 そう言いあいながら、彼女たちはくすくすと笑っている。

 それを遠目に見ながら、クラリアーナが鼻白んだ。


「勝手なことばかり言うものね」


 いつもなら大声で言って妃候補たちを煽るクラリアーナだが、イレイズのことがあるからか、ぽつりと独り言のようにつぶやいただけだった。

 エルシーも、さすがに彼女たちの意見には同意できなかった。わざわざ枕を引き裂いて、自分の髪を切ってまで逃げる必要がどこにあったろう。それに、もし本当にベリンダが犯人ならば、逃げた彼女はどこに消えたというのか。もちろん現段階では何もわかっていないので、決めつけるのもよくないとは思うけれど、エルシーは攫われたと考える方が妥当だと思う。


 それに、ベリンダがクラリアーナに毒を盛ったのならば、その動機はなんだというのだろう。単にライバルである妃候補の数を減らすことが目的ならば、自身が失踪しては意味がない。蜂蜜の中に毒を混入させた方法もわからないし。


 何もわからないことだらけなのに、憶測で誰かを犯人扱いして笑うなど悪趣味でしかない。エルシーは人を陥れるようなことを言うべきではないと止めようとしたけれど、口を開く前に、誰かがバン! と強くテーブルの上を叩いた。

 その大きな音に、メインダイニングの中は水を打ったように静かになる。


「最低ね」


 嫌悪感をあらわにそう吐き捨てたのは、ミレーユ・フォレス伯爵令嬢だった。

 ミレーユはベリンダを犯人扱いして笑う三人を強く睨みつけた。


「ベリンダが犯人ですって? だったらどうやって毒を盛ったのか証明して見なさいよ。そのからっぽな頭ではどんなに考えたって無理でしょうけどね!」


 ベリンダを犯人扱いしていた三人はカッと顔を赤くして、怒鳴り返した。


「なんですって!? あなたの方こそどうなのよ! ベリンダ様とは従姉妹同士なのでしょう? あなたがベリンダ様を匿っているのではなくて!?」

「そうよ! なんならあなたも共犯なんじゃないの!?」

「聞けばフランシス様をしつこく追い回しているっていうじゃない! 妃候補の数が減れば嬉しいわよねえ?」


 あんまりな言い分だった。

 それに、フランシスは妃候補たちに追い回されていると言っていたから、それはミレーユ一人に言えることではないだろう。

 ミレーユはガタンと音を立てて立ち上がった。


「本当に頭がからっぽね。どうやってベリンダを匿うというの? 部屋の中には侍女がいるし、扉の前には騎士もいる。その状態で匿えるものなら教えてほしいわね。馬鹿馬鹿しい! 気分が悪いわ! 今日の晩餐は結構よ!」

「まああ、逃げるの?」


 くすくすと一人が笑い出した。

 その瞬間、ミレーユはテーブルの上に置いてあったカトラリーからフォークを一つ掴むと、笑っている妃候補の顔に突きつけた。

 ひっと息を呑んで表情をこわばらせた彼女に向かって、酷薄な笑みを浮かべて言う。


「逃げる? 本当に馬鹿なことを言うものね。わたくしはあなたの顔をフォークで刺して投獄されても、別にかまわないのよ。試してみましょうか?」

「おやめなさい!」


 これにはさすがに黙っていられなかったのか、クラリアーナが口を挟んだ。

 ミレーユはちらりとクラリアーナに視線を向けたあとで、乱暴にフォークをテーブルの上に投げると、くるりと踵を返して無言で部屋から出て行った。


 しーんと重たい沈黙が落ちる室内で、ベリンダの悪口を言っていた三人が真っ青な顔で震えている。

 ややしてやって来たフランシスとスチュワートは、異様な雰囲気に首を傾げたが、ベリンダの失踪事件で気分が重たくなっているだけだろうと結論付けたようだ。


 食事の前に、端的に今晩は早めに就寝することと、朝まで部屋の外へは出ないようにと注意事項を述べて、給仕係に食事を配膳するように命じた。

 その日の夕食は、誰もが口を開こうとしない中、はじまりから終わりまで重たい雰囲気で、なんだか食べた気がしないなとエルシーは思った。

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