戦女神の呪い 10
「あまり近づかないでくださいね、怖がらせちゃいますから」
エルシーが言えば、フランシスとスチュワートは顔を見合わせたけれど、部屋の入り口近くから近づいてこようとはしなかった。
そのことにホッとしつつ、エルシーは、ララの気分が落ち着くようにと彼女の背中を撫で続ける。
しばらくそうしているとララの震えはおさまったが、怯えた子供のように、エルシーにしがみついたまま離れようとはしなかった。
「セアラ」
フランシスが小さな声で呼んだので、エルシーは顔をあげて、それから小さく頷いた。
ララのことは心配だが、先ほどの彼女の発言はこのままにしておけない。真犯人がわからない以上、どんな些細な手がかりでも欲しいのはエルシーも同じだった。
しかし、震えている彼女に高圧的に物を訊ねてはもっと怯えさせてしまうかもしれない。フランシスはそのつもりがなくとも、国王陛下から質問を受ければ、それだけで重圧を感じてしまうだろう。だからエルシーが訊ねることにした。
「ララ、その、もしよかったら教えてくれないかしら? 戦女神様の呪いってどういうことかしら?」
ララは真っ青な顔をして、最初は躊躇うようなそぶりを見せていたけれど、やがて何かを恐れるような小さな声で話しはじめた。
「わたしはおばあちゃんから……おばあちゃんはおばあちゃんのお母さんから……そうして伝えられてきた戦女神様の言い伝えがあるんです。……戦女神様はずっとずっと昔、このお城に住んでいた王様に恋をしました。戦女神様は王様が大好きで、けれども王様には十三人のお妃様がいて、戦女神様はそのお妃様に強く嫉妬したそうです。戦女神様は王様を独り占めしたくて、お妃様たちを亡き者にしようとしたけれど、お妃様たちは戦女神様から身を守ろうと、毎日戦女神様の嫌いなラベンダーの香りのするお茶を飲んでいました。ラベンダーの香りが嫌いな戦女神様はお妃様たちに近づけなくて、でもどうしても王様を独り占めしたくて、あるとき、山のミツバチの巣に毒を仕込みました。戦女神様はお妃様たちがラベンダーティーに蜂蜜を入れて飲んでいたことを知っていたのです。そして、そのミツバチの巣から取った蜂蜜を入れてラベンダーティーを飲んだお妃様はたった一人を残して全員死んでしまいました。たった一人だけ残ったお妃様は、たまたまラベンダーティーに蜂蜜を入れなかったから生き残ることができたのです。だから、このあたりではラベンダーティーに蜂蜜を入れて飲むと、お妃様の呪いで命を落としてしまうと言い伝えられているんです」
「知っていますか、叔父上」
「いや……」
ララの話を聞いたフランシスがスチュワートに訊ねるが、彼はゆるく首を横に振った。
「そんなことは聞いたことがないし、私もこれまでラベンダーティーに蜂蜜を入れて飲んだことがあるが、特に体に変調はきたさなかった。だが、そう言い伝えられているくらいだ、過去に何かあったのは確かだろうな」
「調べてみましょう」
フランシスがコンラッドに目配せすると、彼は無言で頷いて部屋から出て行った。
フランシスは遠慮がちにエルシーとララのそばまで寄ると、怯えさせないように配慮してか、その場に片膝をつく。
「その言い伝えは誰でも知っているのか?」
「……わたしの村に住む人なら、ほとんどの人が知っていると思います」
「そうか……。ほかになにか言い伝えられていることはないか? どんな些細なことでもいいんだが」
ララはちょっと考え込んで、それからぽつりと言った。
「……よそ者を刈る騎士のお話があります。よそ者が嫌いな戦女神様は、騎士に命じて彼らの命を刈り取るのです。だから、よそから来た人は、戦女神様の嫌いなラベンダーを窓辺につるし、夜はしっかり戸締りをしなければなりません。そうしないと戦女神様の命令で、騎士が首を刈にやってきますから」
「ラベンダーをつるせば騎士も入ってこないのか?」
「戦女神様の嫌いな香りを身にまとったら、戦女神様から叱られてしまいますから、騎士たちもラベンダーがつるしてあれば入ってきません」
「その話も君の村ではみんな知っているのか?」
「はい。おそらくは」
「そうか。ありがとう。……そしてすまないが、君はもう少しここにいてほしい。できるだけ早くに出してあげられるようにするけれど、今はまだ出してあげられそうにないんだ」
フランシスが穏やかな声で言うと、ララはうつむいて小さく頷いた。
エルシーがもうしばらくララと一緒にいたいと伝えると、フランシスとスチュワートは念のためコンラッドのかわりの騎士を一人見張りにつけると言って部屋を出て行く。
(呪いなんて……本当なのかしら……?)
神様は天罰を下すことはあっても、誰かを呪うようなことはしない。エルシーはそう思ったけれど、ララの怯えた表情を見ていたらそんなことは言えなくて、そっと目を閉じた。
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