戦女神の呪い 9
フランシスに部屋まで送り届けてもらったあと、ダーナとドロレスとともに昼食を取ったエルシーは、監視下に置かれているララの様子を見に行くことにした。
蜂蜜に毒を混入した嫌疑のかかっているララは、村の家に帰ることも許されず、城の一室に軟禁状態だ。きっとさぞ心細い思いをしているだろう。
ララが閉じ込められている部屋は城の一階の東の端にあった。一階にはこの城に寝泊まりしている使用人が使っている部屋や、今はフランシスが連れてきた騎士たちが使っている客室があるが、ララが閉じ込められているのはその客室の一部屋だった。
エルシーが部屋へ向かうと、扉の前で見張りをしていた二人の騎士が愛想よく微笑んだ。
「ララに会いたいのですけど、会えますか?」
エルシーが訊ねると、騎士たちは困った顔をして顔を見合わせた。この様子だと、面会を禁止されているわけではないけれどどうしたらいいのかわからない、と言ったところだろう。
一人の騎士がコンラッド騎士団長に確認に行くと言ったので、確認が終わるまで扉の前で待たせてもらうことにする。
ついでに、ララのための差し入れに持ってきていたレーズンクッキーを、一人残った騎士に差し出せば、彼は嬉しそうに受け取ってすぐに口に入れた。
「お妃様のこのクッキーは本当に美味いですね」
「まあ、ありがとうございます」
褒められれば嫌な気はしない。にこにこと礼を言うと、騎士は茶目っ気たっぷりに片目をつむった。
「ええ。陛下もずいぶんお気に召しているようすよ。何でもクライドは陛下にクッキーを奪われたとかで、随分しょんぼりしていました」
「まあ!」
なんと、フランシスは他人のクッキーを奪い取ったらしい。
(陛下ったら食いしん坊さんね。今度からたくさん渡しておかないと、トサカ団長がまたクッキーを取られてしまうかもしれないわ)
トサカ団長ことクライドは、エルシーがクッキーを渡すとすごくうれしそうな顔をしてくれたから、クッキーが好物なのだろう。彼はアップルケーキも好きだと言っていたから、甘いものが好きなのかもしれない。今後、クライドが悲しい思いをしなくてもいいように、フランシスには多めにお菓子を渡して、くれぐれも他人の物は取らないように忠告しておかなくては。
「クッキーはまだあるから、可哀そうなクライド副団長に差し入れておきますね」
「そうしてあげてください。眉を下げてこーんな顔になっていましたから」
「ふふふ、本当にそんなおかしな顔になっていましたの?」
騎士と顔を合わせてくすくす笑いあっていると、もう一人の騎士に連れられてコンラッド騎士団長がやってきた。
「ケイフォード伯爵令嬢、どういうつもりですか?」
なんだか咎めるような顔つきだ。何も悪いことをしたつもりはないのに。
「ララとお話がしたいだけですよ?」
「あのメイドは、今は監視中で……」
「でも、ララはわたくしの部屋付きのメイドでしたもの。様子くらい見させていただいてもいいじゃないですか。きっと心細い思いをしているわ。イレイズ様と同じで」
イレイズの名前を出すと、コンラッドは少し眉を寄せて、それから大げさに息を吐きだした。
「わかりました。少しだけですよ。それから私も同席します」
「……騎士団長みたいな背の高い男性が部屋に入ったら、ララが緊張してしまうと思うのですけど」
「扉の所に立っていますから、それならば大丈夫でしょう?」
「まあ、そういうことなら」
ここでごねてララに入ること自体禁止されてはたまらない。エルシーは渋々了承して、コンラッドとともに部屋に入った。
貴人用ではないが、二人部屋の客室だけあって部屋の中は広かったけれど、ララはその広い部屋の隅で膝を抱えて座っていた。
エルシーが声をかけると、ぱっと顔をあげる。その両目は泣き腫らして真っ赤になっていて、エルシーは思わず、コンラッドが悪いわけではないとわかっていたけれど非難めいた視線を向けてしまった。
「お妃様?」
「ララ、大丈夫? クッキーを持って来たの。少し食べられそうかしら?」
まだ十四歳の少女だ。蜂蜜に毒を混入した嫌疑がかけられていれば、絶望して憔悴しても当たり前だった。
エルシーが怯えさせないように声をかけながら近づけば、ララはぼろぼろと泣き出して、両手で顔を覆った。
「わたしっ、わたしっ、何もしていないのに……っ」
「もちろんよ、ララ。ララが何もしていないと、わたくしは信じているわ」
「だったらどうしてっ、どうして閉じ込め……っ」
ひっくとしゃくりあげて、いやいやをするように首を振りながら泣くララを見て、エルシーは持って来た差し入れの入った籠を近くに置くと、両手を広げて彼女を抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫よ。陛下も犯人を捜してくださっているの。もう少し我慢したらここから出られるわ」
ララはぎゅうっとエルシーに抱きつくと、しばらく声を上げて泣き続けたが、ひとしきり泣いて落ち着いたのだろう、小さな嗚咽を上げながら顔をあげた。
エルシーが促せば、部屋の隅から立ち上がって、ソファに移動してくれる。
クッキーはあるけれどお茶がないので、コンラッドに頼めば、彼は扉を小さく開けて外にいた騎士にメイドに茶を二つ準備させるように言ってくれた。
紅茶が用意されると、エルシーは一つをララの前に置いて、持って来た籠からクッキーを取り出した。
ララはティーカップを両手で抱えるようにして持って、一口だけ舐めるように飲むと、落ち着いて来たのか、細く息を吐き出して「取り乱してごめんなさい」と言った。
「いいのよ。誰だってこんなところに閉じ込められたら心細いものだわ」
こんなことならもっと早くに様子を見に来ればよかったと後悔しながら微笑めば、ララもぎこちなく微笑み返してくれる。
そして、何が起こったのか教えてほしいと言った。ララは詳しい事情を聞かされないまま、毒物を混入した嫌疑とだけ告げられて部屋に閉じ込められたらしい。それは不安になるのも頷ける。
エルシーもそれほど詳しく知っているわけではないが、クリスティーナが毒に倒れたこと、その毒が蜂蜜に混入していたこと、イレイズにも嫌疑がかかっていて閉じ込められていることなどをかいつまんで説明する。
ララは黙って聞いていたけれど、エルシーが二人が飲んでいたのがラベンダーティーだと告げた瞬間、急に顔色を変えた。
「戦女神様の呪いだわ!」
ララは突然そう叫んでブルブルと震えはじめた。
エルシーが驚いて、ララを落ち着かせようと背中を撫でるけれど、彼女の震えはひどくなる一方で収まらない。
「戦女神様が起きられたのよ。おばあちゃんに聞いたのと一緒だわ! きっとまた悲劇が起きるのよ……!」
「悲劇が……?」
エルシーがコンラッドを振り返ると、彼は小さく頷いて、さっと部屋から出て行った。
エルシーはてっきりコンラッドが、興奮状態にあるララのために医者を呼びに行ってくれたものと思ったのに、彼が連れてきたのはなぜかフランシスとスチュワートだった。
エルシーは唖然として、それから大きく息をついた。
(男の人って、無粋だわ!)
エルシーはじろりとコンラッドを睨みつけたあとで、ララを守るように抱きしめた。
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