戦女神の呪い 5

「どういうことですか!」


 二時間後、エルシーはフランシスに詰め寄っていた。

 もうじき夕食の時間である。

 フランシスの部屋は古城の二階にあって、普段はほかの妃候補たちが廊下でフランシスを出待ちしていることが多いが、さすがにクラリアーナが倒れたあとなので、彼の部屋の前には護衛の騎士の姿しかなかった。


 エルシーが押しかけると、護衛の騎士二人に止められたが、フランシスが許可をしたので部屋の中へ入ることができた。

 入るなりそう言って詰め寄ったエルシーに、フランシスは弱り顔で答えた。


「仕方がないんだ。こうしないと収拾がつかない」

「でも、イレイズ様がクラリアーナ様を害するはずがありません!」


 そう――、イレイズとともに部屋で夕食を取ろうと思っていたエルシーだったが、つい先ほど、部屋に押しかけて来た騎士たちによってイレイズの身柄が拘束されてしまったのだ。

 何でも、クラリアーナを害したと嫌疑がかかっているらしく、真実がつまびらかになるまで部屋に軟禁し監視をつけられるらしい。


 イレイズは茫然とし、エルシーはもちろん抵抗したが、騎士たちは有無を言わさずイレイズを連行してしまった。

 騎士が動いたのなら、指示を出したのはフランシスに違いない。そう思って問い詰めに来たのだが「収集がつかない」とはどういうことだろう。

 フランシスはエルシーにソファに座るように言って、部屋からクライドを除く護衛の騎士を追い出した。コンラッドは今、イレイズのもとへ行っていて不在らしい。


「実は、クラリアーナが倒れた原因は毒物によるものだったんだ。俺と叔父上にしか教えられていなかったことだが、誰かが毒ではないかと騒ぎ出して、それが瞬く間に妃候補たちの間で広まってしまった。クラリアーナが倒れる前に一緒にいたイレイズがすでに犯人扱いされていて、このままにはしておけない。だから一時的に拘束させてもらうことにしたんだ。わかるか?」

「わかりません!」


 イレイズが犯人なはずがない。それなのに疑わしいだけで罰せられるのは何故だろう。


(冤罪なんて絶対にダメよ!)


 疑わしいというだけで人を罰するなんて、シスター見習いとしては看過できない問題だ。


「証拠もないのにイレイズ様を犯人にするなんて――」

「証拠はないが、疑わしい現場は見られている」

「……え?」

「昨日、薬草園にイレイズがいたのを見たと証言した妃候補がいたんだ。そこには毒にもなる草がたくさん植えられている。詳しくは言えないが、クラリアーナに盛られた毒は、その薬草園にある植物のものだったんだ」

「だからって!」

「わかっている。俺も本気で疑っているわけではない」


 エルシーが唇をかむと、それまで黙っていたクライドがエルシーの側に膝をついて言った。


「お妃様。逆を言えば、部屋に軟禁し、見張りをつけておいた方がイレイズ様も安全なんですよ」

「……どういうことですか?」


 クライドはちらりとフランシスに視線を向けた。

 フランシスは嘆息して続けた。


「あまり言いたくないが、言わないと納得しそうにないな。理由は二つ。一つ目は、先ほども言ったが、妃候補たちはイレイズを犯人と疑っている。彼女が普段通りに生活していたら、どんな嫌がらせを受けるかわからない。身体的な攻撃がなくても、精神的に追い込まれることもあるだろう。すでにイレイズは憔悴しているようだしな」

「それは……確かに」


 すでに自分の責任ではないかと落ち込んでいるイレイズだ。他者に攻め立てられたらどれほど傷つくか。


「もう一つは……狙われたのが二人だったという可能性だ。毒が含まれていたのは、ティーカップでも茶でもなく、蜂蜜の中だった。イレイズは蜂蜜を使わなかったそうだが、もし彼女も蜂蜜を使っていたら、クラリアーナと同じように倒れていた」

「!」


 エルシーは目を見開いた。

 フランシスは一つ頷いた。


「拘束していた方が安全だというのはそう言うことだ。ちなみに蜂蜜はキッチンにあるものをそのまま瓶に移しただけだった。残った蜂蜜を確認してみたがそこには毒物が含まれていなかったため、小瓶に移し替えたときに混入させたと考えるのが妥当だ。念のため蜂蜜を小瓶に触れた人間三人に確認をしたけれど、三人とも知らないと言っていたし、叔父上も使用人たちがクラリアーナを害するはずがないと言っているが、念のためその三人も監視をつけさせてもらうことになった。メイドは担当していた妃候補の部屋を外れることになる。……ああ、そう言えばお前の担当もそうだ。ララと言ったな」

「ララが!?」

「ああ。蜂蜜を含め、ティーセットを準備していたのはちょうどその時間手が空いていたエマというメイドだったんだが、彼女はミレーユ・フォレスの部屋付きのメイドで、持って行く途中にミレーユに呼ばれ、通りかかったララに引き継いだそうだ」

「そんな……」

「もちろん、疑っているわけではない。だが、イレイズを拘束するのに蜂蜜の瓶に触れた使用人に監視をつけないのは不公平だろう?」


 その通りだが、エルシーは納得いかなかった。

 こうなれば、真犯人を見つけて捕まえなくては気が済まない。


(人に毒を盛るなんて……グランダシル神様の教え『人を愛せよ』に背く行為よ! 絶対に容認できないわ!)


 捕まえて反省させて、そして嫌疑がかけられたみんなを助け出すのだ。

 エルシーが決意をあらわにぐっと拳を握りしめると、フランシスが不安そうな顔で言った。


「……頼むから、余計な気を起こすなよ?」


 もちろん、エルシーは聞かなかった。

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