戦女神の呪い 4

 フランシス達と慌ててクラリアーナの部屋に向かうと、扉の前にいた騎士の二人に止められた。現在、医者が診察しているらしい。

 部屋の前にはスチュワートの姿もあって、彼は青白い顔で祈るようにクラリアーナの部屋の扉を見つめていた。


「叔父上」

「ああ……おかえり、フランシス」

「そんなことより、クラリアーナは?」


 スチュワートはちらりとエルシーたちに視線を向けたあとで、フランシスを手招いてその耳元で何かをささやいた。


「どっ」

「し!」


 叫びそうになるフランシスの口を押えて、スチュワートが鋭く言う。


「まだ原因はわからない。その可能性があるだけだ。……ただ、クラリアーナは意識を失ったままで、まだ目覚めていない」

(そんな……!)


 クラリアーナとは今朝山菜取りに行く前に会ったけれど、とても元気そうだった。いったいどうして倒れたのだろう。

 エルシーがぎゅっと胸の前で手を握りしめていると、ポンと肩が叩かれた。振り返るとイレイズが立っていて、思いつめたような顔をしていた。


「セアラ様、どうしましょう……、わたくしのせいかもしれません」

「え?」

「クラリアーナ様はわたくしと一緒に庭でお茶を飲んでいたのです。そうしたら急に、クラリアーナ様が……」

「どういうことですか?」


 イレイズによると、彼女はクラリアーナにお茶に誘われたらしい。ある方にラベンダーティーをいただいたから一緒に飲まないかとのことだったそうだ。

 ラベンダーティーを飲もうと誘われたけれど、クラリアーナはどうにもその味が気に入らないらしく、蜂蜜をたくさん入れて飲んでいたという。


 そしてしばらく菓子をつまみながら談笑していたのだが、クラリアーナが急に腹痛を訴え、その後まもなく意識を失ったとのことだった。


「わたくしがお菓子を用意したんですの。ほら、一緒にアップルケーキを焼いたでしょう? わたくしの管理が悪かったのか、ケーキにカビでも生えていたのではないかしら。ほら、セアラ様から湿気には気を付けてと言われていたのに、わたくし、袋の口を閉じたままでしたのよ。どうしましょう……!」

「落ち着いてくださいイレイズ様。ケーキはイレイズ様も召し上がったんですよね?」

「ええ。もちろんよ」

「だったらケーキが痛んでいたわけではないと思いますよ。イレイズ様の責任ではありません。お医者様が診てくださっているから、きっと大丈夫ですよ」


 エルシーはイレイズの背中を慰めるように撫でながら、部屋の扉に視線を向ける。

 しばらくして、小柄な白髪の医師が部屋から出てきた。彼は険しい顔をしていたが、薬がきけばじきに目を覚ますだろうと言って、それからスチュワートとフランシスに視線を向けた。二人に話があるらしい。


 目を覚ますまで面会不可だと言われたので、エルシーはイレイズを自分の部屋に招くことにした。責任を感じているイレイズは、今にも泣きだしそうで、一人にしておけないと思ったからだ。


 部屋に戻ると、ダーナとドロレスも落ち着かない様子だったので、ひとまず大丈夫らしいと伝えると、二人はホッと胸をなでおろした。

 イレイズをソファに座らせて、二人に頼んで紅茶を用意してもらうと、エルシーは彼女の隣に腰を下ろす。

 しばらくするとイレイズも落ち着いてきたようで、顔色がよくなってきた。


「取り乱してごめんなさい。もう大丈夫ですわ」


 ほう、と息を吐きだして、イレイズがぎこちなく笑った。

 その時コンコンと扉が叩かれる音が聞こえて、ダーナが様子を見に行けば、メイドのララが立っていた。フランシスからの伝言で、今日は夕食も各自部屋で取るようにとのことらしい。


 夕食の時間にはまだ早いが、エルシーはこのままイレイズにここにいてもらって、一緒に食事を取ることに決めた。

 夕食の時間は、いつもよりも少し早めにしてもらうのがいいだろう。


 あんなことがあったので、今日の夜にのんびり山菜のあく抜きをしている時間はなさそうだ。無駄にするのももったいないので、ララに誰かほしい人はいるかと訊いてみたところ、ララがほしいと言った。

 彼女は通いのメイドで、近くの村で病気の母と一緒に暮らしているらしい。


「お母さんの病気は重たいの?」


 母親のことを語ったとき、ララが暗い表情をしたのが気になって訊ねれば、彼女は首を横に振った。


「きちんと薬を飲めば命に関わるようなものではないそうです。ただ……薬が高くて」


 いろいろ切り詰めないといけないらしい。スチュワートが食べ物の残り物などを持ち帰っていいと言ってくれているので助かっていると彼女は笑った。


「お母さん、早く良くなるといいわね」


 ララには一つ年下の十三歳の妹がいて、日中は妹が母親につきっきりだというが、それでもきっと心配だろう。父親はいないそうで、一家の生活がすべてララの肩にかかっていると思うとやり切れない。

 ララは「はい!」と明るく言って、また夕食時に来ると言って部屋から出て行った。


 夕食の時間になれば、クラリアーナも目を覚ましているだろうか。

 クラリアーナが目を覚ませばイレイズの憂いも晴れるだろう。


 ――そう思っていたエルシーだが、二時間後、事態は思わぬ方向へ流れて行って、途方に暮れることになった。

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