戦女神の呪い 3
翌日、エルシーは念願の山菜取りに出発することができたけれど、なぜかそこにはフランシスとクライド、そしてコンラッドの姿があった。
山歩きはダーナとドロレスにはつらいので、二人はお留守番だ。
(クライド様とコンラッド様は護衛にと申し出てくれたけれど……、どうして陛下?)
ぬかるんだ道でも大丈夫なようにブーツを履き、身軽な格好をしたフランシスはどこからどう見ても準備万端だ。
国王が山菜取り。あまりに似合わない姿にエルシーが何度も首をひねっていると、クライドが苦笑して言った。
「お妃様、陛下の気晴らしに付き合ってあげてください」
「はあ、気晴らしですか」
エルシーはともかく、フランシスにとって山菜取りは気晴らしになるのだろうか。連日妃候補たちに追い回されて疲れているはずなのに。エルシーが言えば、クライドはだからですよと頷いた。
「あそこは疲れるようなので」
あそこ、と少し離れたところに見える古城を指さして、クライドが言う。
(なるほど)
妃候補たちから逃げ回るより、山歩きの方がいいらしい。
国王が軍手をつけて籠とハサミを持つ姿は何ともシュールだが、本人が楽しそうなので良しとしよう。
なんとなく、クライドが軍手をつけている姿には違和感がないのだが、騎士団長であるコンラッドの軍手姿は何とも言い難いものがあった。
「陛下、張り切るのはいいですが、毒草には気を付けてくださいね」
コンラッドはフランシスに毒草の特徴を説明しながら、不用意に触れるなと滾々と諭している。
「わかっている。俺がいくつだと思っているんだ」
「いくつでもですよ。……陛下の場合、張り切ると裏目に出ることが多いですからね」
「なに?」
「ともかく、フランシス国王は山菜取り中に誤って毒草を口にして死亡した、などと不名誉なことが歴史に刻まれたくなければ、くれぐれもご注意ください」
「…………」
フランシスは面白くなさそうな顔をしていたが、渋々頷いた。
エルシーの籠にはアップルケーキや水筒、クッキーが入っていたのだが、それはクライドが持ってくれるという。四人分の水筒とケーキ、クッキーを詰め込んできたため重かったので、正直これには助かった。
「では行くぞ」
「陛下。そちらではありません。こちらです。こちらを進めば川に出ますから、山菜取りをしながら川へ向かうことにしましょう」
フランシスが向かおうとした方向は道が険しく、途中で休憩できる場所がないらしい。フランシスがじろりとコンラッドを睨んだ。
「どうしてそんなに詳しいんだ」
「部下が山に頻繁に出入りしていますからね。事前に聞いてきただけですよ」
「お前の部下はエ……セアラのクッキーにつられすぎだ」
「人のことは言えないと思いますけどね、陛下」
二人が軽口を応酬しながらずんずんと山を登っていく。
そのあとにエルシー、最後尾をクライドが続き、山菜を見つけるたびに立ち止まって摘むをくり返しながら進んで行けば、一時間ほどで川が見えてきた。
丸い石が堆積されている川岸で少し休憩することにした。せっかくだから摘んだ山菜を味見するのもいいだろう。こんな時のために、小鍋と調味料、そして油は持って来てある。
クライドに頼んで籠の中から鍋と調味料を出してもらうと、フランシスが目を丸くした。
「準備いいな」
シスターや子供たちと山に山菜採取に行った際もこうしてその場で調理して楽しんでいたから癖で準備していただけだが、さすがにそれは言えない。
「じゃあ薪でも拾ってきましょうかね」
クライドがそう言って、山へ向かった。
コンラッドは護衛のためにここに残るそうだが、川を覗き込むと、彼が持っていた籠から糸と針を取り出した。近くに生えていた細い竹のような植物を刈り取って葉をそぎ落とすと、糸をその先端に括りつける。もう片方の糸の先端には針をつけて、今度は川岸の意思をひっくり返して黒い虫を捕まえると、針に刺して川に投げた。
「……あいつも、なんで針と糸を持ってきているんだ? 釣りをする気満々じゃないか」
フランシスがあきれつつ大きな石に腰かけてエルシーを手招く。
クライドが薪を拾ってくるまでエルシーにはすることがないので、素直に彼の隣に座った。
「のんびりできていいな」
「そうですね。山の空気は美味しいですね……あ、釣れた」
器用に自作の竿で一匹目の魚を釣り上げたコンラッドが、釣った魚を針から外しつつフランシスを振り返った。
「陛下、ちょっとこれ、持っていてくれませんかね」
顎で使われた国王陛下は、渋い顔をしつつも立ち上がった。
言われた通り魚を受け取ると、コンラッドは川の端を器用に岩で囲って小さな水槽を作ると、その中に釣った魚を入れる。
「逃げないように見ていてくださいね」
コンラッドはそう言って、再び針の先に虫をつけると、川に向かって放り投げた。
あまり釣りに来る人がいないのか、針を入れるとすぐに魚が食いつき、面白いくらいに釣れる。
魚の番をしろと言われたフランシスの隣に移動すると、エルシーは魚の入っている囲いの中を覗き込んだ。
「美味しそうですね」
「泳いでいる魚を見て美味しそうだと思えるのか、お前は」
「え、だって美味しいですよ、これ」
何の魚かは知らないが、修道院の近所に住む釣りが趣味の男がよく差し入れてくれていた魚だ。焼いて食べたらとても美味しいのである。
魚が三匹になったところで、クライドが戻ってきた。彼は魚釣りをしているコンラッドに苦笑して、持って来た薪を組むと、火打石で火をつける。
コンラッドはまだ魚を釣るようなので、エルシーはその間、取ってきた山菜を調理することにした。
山菜は灰汁が強いので、灰汁抜きが必要だが、揚げて食べる分には問題ない。
素揚げして塩をかけて食べるだけでも美味しいので、エルシーは川の水で山菜を洗うと、自生していた葉ワサビの葉を数枚とって来て、その上に並べた。鍋で油を温めて、水気を切りながら山菜を入れてあげていく。
魚を四匹つり終えたコンラッドが、フランシスと一緒に戻ってきた。
ナイフで器用に腸を出した魚を木の棒に通して、火の周りに刺していく。
魚はまだ焼けないが、山菜が出来上がったので、先にそちらを食べることにした。
味付けは塩だけだが、サクサクとしてとても美味しい。
山菜を食べ終えて少しして魚が焼き上がった。身がふっくらしていてとても美味しかったが、当たり前のようにかぶりついて食べていたエルシーを、クライドとコンラッドが少し不思議そうな顔で見ていたので、ちょっと失敗したかもしれなかった。確かに、貴族令嬢が魚にかぶりつくる姿はあまり見ないかもしれない。……だが、同じように食べているフランシスには平然としているので、ちょっと不公平だと思う。
食後に持ってきていたアップルケーキとクッキーを食べて、エルシーたちは遅くなる前に城へ戻ることにした。
残った山菜は、夜にでもキッチンを借りてあく抜きしておこう。
山菜もたくさん取れて大満足で戻ったエルシーだったが、城に戻った途端に、騎士たちが血相を変えてかけてきたのにびっくりした。
「どうしたんだ?」
コンラッドが訊ねると、騎士の一人が真っ青な顔で言った。
「ク……クラリアーナ・ブリンクリー公爵令嬢様が、お倒れになりました!!」
エルシーは息を呑んだ。
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