古いお城には幽霊がでるものです 3
エルシーが出て行くと、フランシスは再び礼拝堂の椅子に寝そべった。
「はー……こんなはずじゃなかったんだがな」
一人きりになると、つい愚痴を言ってしまう。
はーっとついた長い溜息が、礼拝堂の高い天井に吸い取られて行く。
本当ならばここへは、エルシーだけを伴ってやってくるつもりだった。王宮のことはクラリアーナと女官長のジョハナに任せておけば問題ない。エルシーはクラリアーナとイレイズと仲が良く、頻繁に会っているようだったが、ほかの妃候補たちとは交流がない。こっそり連れ出せばばれないと思っていた。
(はあ……妃候補たちの情報収集力はなかなかのものだな)
最初に誰に気づかれたのかはわからない。だが、フランシスが末端の候補の「セアラ・ケイフォード」を伴って別荘に行くようだという噂は、瞬く間に王宮に広まったらしい。
クラリアーナから、この状況で本当にエルシーだけを連れ出したら、彼女への嫌がらせがはじまりそうだと苦言を呈したので、急遽全員連れていくことにしたのだ。クラリアーナにはエルシーに危害を加える人間が出ないか目を光らせてもらっているが、四六時中ずっと張り付いているわけにもいかないので、下手にほかの妃候補たちを刺激しない方がいいと判断したのだ。
おかげでフランシスは、連日のように妃候補たちからの猛アピールを受けて、すっかり疲弊してしまっているのである。
この状況が続けば参ってしまいそうだ。別荘には二週間滞在する予定だが、すでにぐったりしている。本当ならばエルシーとのんびり町を観光したり、ボートに乗って遊ぶつもりだったのに、それすらできない。
「ここにいたんですか」
声がしたので上体を起こせば、三十前後の男が礼拝堂に入ってくるところだった。クライドが所属している第四騎士団の団長コンラッドである。いつも一つに束ねている、肩をいくらかすぎたくらいの長さの灰色の髪を無造作に流し、帯剣はしているが、甲冑ではなく黒いシャツとトラウザース姿だ。ここにいる間、騎士たちには重たい甲冑を身につけなくていいと言ってあるので、楽な格好をしているのだろう。
「クライドが腹を空かせて探していましたよ」
「ああ……そう言えば、朝食を一緒に取ることにしていたか」
フランシスは朝はあまり食欲がないため、すっかり忘れていた。
起き上がると、コンラッドが左手に根ごと引き抜いたタンポポを握りしめていることに気が付いて首をひねった。
「それは?」
「ああ。これですか」
コンラッドは苦笑した。
「これはお妃様……ケイフォード伯爵令嬢が必要としているそうなのです」
コンラッドによれば、エルシーがタンポポの根を欲しがっているのだそうだ。騎士たちはすっかりタンポポを見つけたら引き抜いて、その根をエルシーに届けるようになったらしい。最初はクラリアーナの頼みでタンポポを掘り返していたらしいのだが、エルシーがお礼にとレーズンクッキーをふるまったそうで、それがすっかり気に入った騎士たちは、率先してタンポポを引き抜くようになったという。どうやらエルシーは、食欲旺盛な騎士たちを、いつの間にか餌付けしてしまったようだ。
しかしまさかコンラッドまでほかの騎士たちと同じ行動を取るとは思わなかった。
「好きなんですよ、レーズンクッキー。特にケイフォード伯爵令嬢の作るクッキーは美味いので」
「……ふぅん」
なんだかおもしろくなくて、フランシスはコンラッドが握っているタンポポを睨みつける。
(レーズンクッキーは俺も食べたことがない)
フランシスがアップルケーキばかりほしがるから当然だが、フランシスが食べたことないものを、さも当たり前のように騎士たちが口にしているのが気に入らない。
コンラッドは引き抜いたばかりのタンポポを洗って戻ると言うから、フランシスは彼と途中でわかれて城へ戻った。
するとフランシスの部屋で朝食が出てくるのを待っていたはずのクライドが、可愛らしい薄ピンクの袋を片手に、何かをもぐもぐ食べている。
「あ、遅かったですね、陛下」
「何を食べているだ?」
「これですか? これはレーズンクッキー……」
レーズンクッキーと聞いた途端、フランシスは素早くクライドの手から薄ピンクの袋を奪い取った。
「あ! 何するんですか!」
「うるさい。これは俺がもらう!」
「はい⁉ それは俺がタンポポのお礼に――って、あーっ!」
取り返される前にフランシスが袋の中身をすべて口の中に詰め込むと、クライドが悲鳴を上げた。
「なんてことするんですか!」
「むぐぐぐ」
口いっぱいのクッキーを咀嚼しながら「うるさい」と言ったが言葉にはならなかった。
使っているレーズンをラム酒付けにしていたのか、バターの風味に交じって少しだけラム酒の香りが鼻に抜ける。
(うまっ)
騎士たちがクッキー目当てにこぞってタンポポを採取するわけだ。フランシスもタンポポ採取がしたくなってきた。
クライドがじっとりと睨みつけてくるが知らん顔をして、フランシスはベルを鳴らして朝食の準備をするようにメイドに頼む。
「そういうのが暴君のはじまりなんですからね」
クッキーごときで暴君にされてたまるか。
ごくんと口の中のクッキーを飲み下したフランシスは、キッチンを借りる算段が付いたら、アップルケーキのほかにレーズンクッキーも焼いてもらおうと、勝手に決めた。
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