シスター見習いは神様の敵を許しません 5

 ――お前が作る、アップルケーキが食べたい。


 そう言った夜から、フランシスは毎晩礼拝堂を訪れるようになった。


(アップルケーキが口止め料なんて……陛下って変わっているわよね?)


 そう思いつつ、エルシーはせっせと串切りにしたリンゴをバターと砂糖で炒め煮にして、アップルケーキの下準備をしている。

 カリスタ直伝のアップルケーキは、生地にジャムにしたリンゴを練り込み、上にバターと砂糖で炒めたリンゴを乗せて焼き上げるのだ。最後にシナモンをふりかければ完成で、簡単なのに風味豊かでとても美味しいのである。


 炒め煮にしたリンゴの粗熱を取っている間に、エルシーは二階に上がってイレイズ用のワンピース製作の続きに取りかかった。

 型に合わせて切り、せっせと縫い合わせていく。すると、針を使いながら欠伸をかみ殺したエルシーに、少し離れたところで刺繍をしていたドロレスが顔をあげた。


「少しお眠りになったらいかがですか? 睡眠がたりていないのでしょう?」


 礼拝堂で見張りをすると言っても、ずっと起きているわけではない。しかし、やはり何かあったら飛び起きられるようにと神経をとがらせているからか、あまり熟睡できていないようだ。

 エルシーは眠気を覚ますようにふるふると首を横に振った。


「大丈夫よ。それにワンピースを早く仕上げてしまいたいの。イレイズ様もお困りでしょうから」


 一着は仕上がったのですでにイレイズに渡してある。だが、もちろん一着では足りるはずがない。出来るだけ早く作ってあげないと可哀そうだ。

 イレイズも彼女の侍女たちも二日に一度くらいのペースで食事の作り方を習いに来ていて、明日の昼に来る予定だった。あとは袖を付けるだけだから、できれば明日、二着目を渡してあげたいのだ。


「ではせめて夕食の支度はわたくしたちにお任せください。エルシー様のようにはいきませんが、スープや炒め物くらいならば作れるようになりましたから」


 ドロレスが真面目な顔でそう言うので、エルシーは任せることにした。

 イレイズと侍女たちに料理を教えているとき、ダーナもドロレスも隣で聞いているからか、料理の腕が少し上がった。以前よりもできることができてダーナもドロレスも嬉しそうで、率先してやりたがるから、エルシーはできるだけお願いするようにしている。ダーナ曰く、本来仕えている「セアラ」を動かさないことが侍女の仕事なのだそうだ。彼女たちのプライドを傷つけるわけにはいかないから、できることは任せた方がいいだろうと思いなおしたのである。


 作りかけのワンピースに袖を縫い付けたところで、ダーナがハーブティーを持ってやってきた。休憩するように言われたので、エルシーは手を止めてダーナが持ってきてくれたハーブティーに口をつける。


「いい香りね」

「カモミールです。それを飲んだら、少しだけでも横になってください」


 ダーナにまでそう言われれば、これ以上断れそうもなかった。エルシーは素直に頷いて、カモミールティーを飲み干すと、隣の寝室へ向かう。

 枕を干したばかりなので、お日様の香りがする。

 ころんと横になると、自分が思っていた以上に体が休憩を求めていたようで、すーっと吸い込まれるように眠りに誘われる。


(夕方にはアップルケーキを焼かないと……)


 フランシスはよほどアップルケーキが好きなようで、毎晩嬉しそうに持って行ったケーキを平らげる。

 あれはエルシーが身代わりであることを黙っておいてもらうための口止め料だから、今日も忘れずに持って行かなければ。


(……アップルケーキ…………)


 眠りに落ちる直前、ふと、アップルケーキを頬張るフランシスの顔が、誰かの笑顔と重なったような気がしたけれど、その僅かな違和感の正体に気が付く前に、エルシーは深い眠りの中に落ちて行った。

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