国王フランシスのたくらみ 4
王太后フィオラナ。
言わずもがな、国王陛下の生みの母で、御年四十一歳になるそうだ。
届いたお茶会の招待状を前に、エルシーは茫然としていた。
(お茶会? え? ケイフォード伯爵は王宮でおとなしくしていればいいって言わなかった? お茶会なんて聞いてない)
招待状を読むに、妃候補は全員出席が義務付けられているようだ。
幸いにしてドレスは最初に支給されたものがあるけれど、着るものあるからいいという問題でもなかった。
(お茶会の作法なんて知らないわよ?)
エルシーは困惑したが、招待状に目を通したダーナとドロレスは逆に嬉しそうだった。
「よかったです。陛下はちっとも王宮側に来られませんし、来られてもお妃様は一番左のお部屋を使われていますから、なかなかこちらまでお渡りにはならないでしょうから……。陛下に印象付ける絶好の機会ですわね」
陛下? と首を傾げて招待状を読み返したエルシーは、そこに国王陛下も出席すると書かれていたことに気が付いてさらに茫然とした。これはまずい。とにかく無難にお茶会を乗り切らなくては、失敗したら国王陛下に悪印象を植え付けてしまうことになる。そうなればきっとケイフォード伯爵は激怒するだろう。
(セアラと交代するまでの間、のんびりやり過ごすつもりが、なんて厄介な……)
招待状によると、お茶会は十日後の午後。場所は城の庭だそうだ。侍女は一人まで連れていくことができるというが、お茶会の席では侍女は離れたところで待機しているという。……つまり、何か粗相をしてもフォローしてくれる人はいない。
エルシーは頭を抱えたけれど、ダーナとドロレスは鼻歌でも歌いそうなほどに上機嫌。
妃候補は全員出席とあるので逃げることも叶わない。
(……腹をくくるしかないのかしら?)
とにかく、お茶会では目立たず無難にやり過ごす。気が重いけれど致し方ない。お茶会当日の支度はダーナとドロレスがきっと整えてくれるだろうから任せておいていい気がした。というか、貴族令嬢のお洒落についてはエルシーはさっぱりわからないので、任せるしかないのだ。
「お妃様、陛下にお手紙を書かれるんですよね? お茶会の席でお逢いできるのを楽しみにしていますとお書きになればいかがですか?」
なるほど、お茶会はちょうどいい話題かもしれない。しかし、余計なことを書いてお茶会の日に話しかけられたりしたら大変だ。エルシーは目立たずおとなしくしてやり過ごすことを目標にしているのだから、失敗のもとになりそうな人との接触は極力避けるべき。
エルシーは期待のまなざしを向けるドロレスに「そうね」とニコリと笑みを返して、ライティングデスクに向かうと、チェックを入れられる前に手早く手紙を仕上げることにした。
余計なことは一切書かない。
(礼拝堂のお掃除の手配をしていただきありがとうございました。これでいいでしょ)
礼拝堂の掃除は騎士たちがやってくれたけれど、指示をしたのはジョハナから詳細を聞かされた国王陛下だという。だったら国王陛下にお礼を言っても間違いではない。
本日、泥と絵の具を落とし終えた礼拝堂は、明日、長椅子とグランダシル神の像を運び込めば、掃除は終了らしい。犯人が誰なのかまだ目星もついていないけれど、必ず見つけ出して反省させる。
さらさらさらっと便せん一枚に六行ほどの短い手紙を書いて、エルシーは封筒に入れた。
ずいぶん早い仕上がりにドロレスが「もうおしまいですか?」と訊ねてきたが、エルシーは笑顔で頷いて、さっさと封蝋で封印してしまう。
「できたわ。時間があるときにでも陛下に届けてくれる?」
ドロレスは手紙の中身を読みだそうだったけれど、封をされては仕方がないと、諦めたように受け取った。
そして、一言釘を刺す。
「時間があるときではなく、こういうものは大至急と言わなくてはいけませんわ、お妃様」
たかが手紙なのに、そういうものらしい。
貴族令嬢の常識はやはりよくわからない。が、ここは郷に入っては郷に従え。素直に言うことを聞くべきだ。
「ええっと、訂正するわ。至急届けてくれる?」
ドロレスは満足そうに頷いて、手紙を持って部屋を出て行った。
エルシーは大きく伸びをして椅子から立ち上がると、作りかけだったワンピースに取りかかる。
(この生地とこの生地を重ねて……うん、ちょっとお姫様っぽいワンピースになりそうね。ドロレスに似合いそう!)
淡いピンクと白の可愛らしいデザインのワンピースに仕上がりそうだ。自画自賛かもしれないけれど、ここに来てずっとワンピースを作っているからか、裁縫の腕が上達した気がする。今ならば修道院の子供たちにももっと可愛らしい服を作ってあげられそうだ。
院長のカリスタは口癖のように「何事も経験ですよ」と言うけれど、まさしくその通りだなと思う。乗り気でなかった身代わり妃候補も、貴重な経験だと思えば楽しめる。
(お茶会は嫌だけど、せっかくだから、お妃様候補が着ているドレスでも観察して、ワンピースのデザインの参考にしようっと)
せっかくいい布がたくさん届けられているのだから、この機会にたくさん服を作って、もっと裁縫の腕を上げるのだ。
エルシーはワンピースの袖にフリルを作りながら、ルンルンと鼻歌を歌いはじめた。
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