国王フランシスのたくらみ 5
国王フランシスは、唖然としていた。
今まで一度も手紙をよこさなかった十三番目の妃候補セアラ・ケイフォードから手紙が届いたのだ。
いつも決して妃候補の手紙には目を通さないフランシスだったが、ずっと手紙をよこさなかった妃候補の手紙に興味を覚えて、珍しく読んでみようという気になった。
さて、いったい何が書かれているのか。待遇に対する不満だろうか。それとも媚びや甘えだろうか。どちらにせよ、ろくなことは書かれていないだろう。
そう思って手紙を開けたフランシスは、まずその短さに驚いた。一枚の便せんに、大き目の文字で、六行しか書かれていない。
どういうことだとひっくり返して裏を確かめても、封筒の中にもう一枚別の便せんが残っていないかと確かめても、どちらにも何もない。正真正銘一枚。六行。たったそれだけの手紙だ。
セアラ・ケイフォードという妃候補は、よほど文才がないと見える。手紙を書くのが苦手なのだ。そう決めつけたフランシスは、たった六行の手紙に視線を落として、パチパチと目をしばたたいた。
はじめましての挨拶から始まり、礼拝堂が何者かに荒らされたこと、そしてその掃除に騎士団を貸し出してくれたことへの礼が述べられて、それで終わっている。
簡潔に六行。……信じられない。
フランシスはないとわかっていつつも、もう一度手紙を裏返してみた。そしてまさかと思って蝋燭の炎に宛てて手紙をあぶってみる。しかし紙が焦げただけで、隠された文字は浮かび上がっては来ない。
「………………」
しばし、フランシスは沈黙した。
フランシスは女性が嫌いだが、いまだかつて女性からこんなにどうでもいい扱いを受けたことがない。
手紙にはフランシスへの媚びやへつらいはこれっぽっちも書かれておらず、むしろフランシスへの愛ではなく、礼拝堂への愛が詰まっている。
片手にちょっと焦げた手紙を持ち、もう片方の手で額を押さえたままフランシスが固まっていると、執務室の扉を叩く音がした。
投げやりに「入れ」と言えば、入ってきたのは第四騎士団の副団長クライドだった。手紙で感謝されている「礼拝堂の掃除」の責任者だ。
「陛下、どうなさいました。頭でも痛いんですか」
「……ああ。ものすっごく痛いな。割れそうだ。これのせいでな!」
物理的な痛みではなく気分的なものだが、頭が痛い。
「はい?」
クライドはフランシスが一枚の焦げた紙を握りしめていることに気が付いて、ひょいとその中身を覗き込んだ。
そして暫時沈黙し、プッと吹き出す。
クライドはフランシスが即位するまで専属護衛官を務めていた。だからだろうか、ほかの人間よりも距離が近い。というか――たまに無礼。
「くっ、くくくっ! これはまた、盛大にフラれましたね」
「誰がフラれたんだ。フラれてなどいないし、そもそもこの女にそんな気を起こすか!」
「でも……陛下相手に『礼拝堂が綺麗になりました。どうもありがとうございました!』なんていう手紙を書く女性ははじめてでしょう」
「だからと言ってなぜフラれたことになる!」
「いやいや、お妃様からのラブレターなのにどう考えても礼拝堂への愛しか詰まっていないでしょうこれは」
まるでフランシスが礼拝堂に負けたかのように言わないでほしい。そもそも礼拝堂と争ってなどいないし。
「それで、礼拝堂を荒らした犯人はわかったのか?」
「ええ、それですがね――」
クライドの話を聞いたフランシスは、ぐっと眉間にしわを寄せると、大きく息を吐きだした。
「なるほどな」
「どういたします?」
「……そうだな」
フランシスは焦げた手紙を封筒に戻してデスクの上に置くと、頬杖をついて考え込んだ。
「もう少し泳がせておけ。出来れば別件とあわせて処理したい」
「かしこまりました。……そちらのお妃様が怒りそうですけどね」
クライドがフランシスの置いた手紙に視線を落として言えば、フランシスはフンッと鼻を鳴らした。
「だから何だ。俺が妃候補たちの機嫌伺をする必要はどこにもない」
「そうかもしれませんがね……でも、その方は、なんというか、ほかの方と違って面白い方だと思いますよ」
「馬鹿馬鹿しい。女など考えていることは皆同じだ」
「国王陛下が女性蔑視ともとれる発言はすべきではありませんよ」
報告すべきことを伝え終えたクライドは、最後にそう言って、一礼して立ち去ろうとした。
しかし何かを思い出したように扉の前で足を止めると、振り返って笑う。
「そうそう。お妃様の作るアップルケーキは大変美味でした」
「は?」
「ではこれで」
「お、おい!」
最後の余計な一言はいったい何だったのだろうか。
フランシスは呼び止めたが、クライドはそそくさと部屋を出て行ってしまう。
フランシスはデスクの上の手紙を一瞥して、ぽつりとつぶやいた。
「……アップルケーキか。そう言えば、昔食べたあれが、一番うまかったな」
フランシスはふと、十年前の秋のことを思い出した。
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