第127話 さすがユーリ様の兄弟
その間ダントリー様は、今までのどこかよそよそしい態度と打って変わって、別人のように優しかった。
「――では聖女様は、今陛下方と同じ部屋で?」
「ええ。一般的な家庭ではひとりで寝させるのが普通だと思うのだけれど、まだ少し心配で。アイが嫌がるまでは、今の形を続けようかと思っているんです」
「いいと思いますよ」
ダントリー様はさらりと言った。
「僕も、小さい頃は母上がともに寝てくれていたんですよ。僕は怖がりで、母上と手を繋いでいないと怖くて寝れなかったんです」
「ダントリー様にそんな可愛らしい過去があったなんて」
ダントリー様は私より十近くも年上ということもあって、とても大人に見える。
そんな彼の口から『怖くて寝れなかったんです』という言葉が出て、私は思わず笑ってしまった。
「僕だけではありませんよ。ラウル兄上とルカ兄上だって、今はすました顔をしていますが、小さい頃は僕と母上の隣を取り合って喧嘩していましたからね」
「まあ、あのおふたりも?」
長男のラウル様は御年三十三歳、次男のルカ様は三十歳。どちらももう立派な方だから、そんな一面があったなんて意外だ。
「ええ。ラウル兄上は僕と五つも離れていたというのに、全然手加減してくれませんでしたからね。まったく、あの頃から負けず嫌いは変わっていない」
「そうなんですのね」
ダントリー様はとても話上手だった。軽快な口調で次々と話題を出し、絶妙なところで笑いを入れ、私に話を振ることも忘れていない。
教養、知性、そして気遣い。すべてが揃った、完璧な紳士の対応だった。
ダントリー様って、こんな男性だったのね……。
私は幼い頃にマクシミリアンと婚約してから、独身の貴族男性とは最低限の関わりしか持ってこなかったの。その後婚約解消され、失意のうちに家に引きこもり、心配した父になんだかんだユーリ様との結婚話を推し進められ……。
初対面というわけではないけれど、ダントリー様とこんな風に話したのは初めてだったのよ。
「つきましたわ。ここがホートリー大神官の部屋です」
侍女に扉を開けてもらい、私は飛び込んできた光景にぎょっとした。
ベッドに座っているホートリー大神官の背中に、アイがべったりとくっついていたのよ。細い両腕を大神官の首に回し、足を体に回し、おんぶのような体勢になっている。
「あっ、アイ……! 何してるの!?」
あわてて駆けよると、アイがきゃっきゃと楽しそうに笑った。
「おさるさんごっこー!」
「ふふふ、ほうら私もまだまだこの通り元気ですぞ!」
なんて言いながら、ホートリー大神官が体を前に、後ろに、ゆらゆら揺らしている。
それを見ながら笑っているのはサクラ太后陛下だ。
「まったくもう。今度は腰をやっても知りませんよ、ホートリー」
そうよ、楽しそうだけれどホートリー大神官の腰は大丈夫かしら!?
ハラハラしながら見守っていると、後から入って来たダントリー様が驚きに目を見張る。
「……母上がこんなに笑っているのは久しぶりですね」
「おや、ダントリー」
まだ笑いながら、サクラ太后陛下がダントリー様を見た。
「お元気そうで何よりです。ホートリー大神官が倒れたと聞いて、母上は大丈夫かと様子を見に来ました」
「ほ……ホートリーが倒れたことと私が、なんの関係があるんです」
ごほん、とサクラ太后陛下が咳払いした。その頬は心なしか、少し赤くなっている。
おや? この反応は……。
私はじっ……とサクラ太后陛下を見つめた。横ではダントリー様がにこやかに微笑んでいる。
「ホートリー大神官は仲のいいお友達でしょう? きっと母上が落ち込むだろうと思って」
「そ、そうですね。良き友人です」
「そこまで気にかけてもらえるなんて、ありがたい限りですねぇ」
まだアイを背負って前後にゆらゆらしたまま、ホートリー大神官がニコニコと答える。
その顔に下心は微塵もない。
「父亡き後、大神官には本当にお世話になりました。恥ずかしながら実の子どもである僕たちは母上に何もできませんでしたからね……。今回あなたがご無事で本当によかったです」
そう言って微笑んだダントリー様は、礼儀正しい貴公子そのものだった。
儚さと美しさが共存するツンと尖った形良い鼻に、線の細い顎。反対にゴツゴツと浮き上がった喉ぼとけは男らしく、そのアンバランスさが独特の色気を生み出している。
さすがユーリ様の兄弟……美形!
なんて思いながら、私は心の中で密かに拍手をした。
令嬢時代はあまり関わりがなかったけれど、これは相当女性から人気があるのではないかしら。
私が感心していると、ダントリー様が今度はアイに気づいたようだ。
「こんにちは、王女様」
王女様という単語に、まだホートリー大神官にしがみついていたアイがパッと顔を上げる。それからあたふたとベッドを下りて、小さなスカートをつまんで礼儀正しいカーテシーを披露した。
「ごきげんよう、だいいちおうじょのアイともうします」
それを見たダントリー様も、紳士の礼をする。
「エンドブルム侯爵ダントリーと申します。以後お見知りおきを」
言って、アイの丸い小さな手にすばやく口づけた。
「ひゃぁ……?」
初めてのできごとにアイが目をまんまるにしている。
そういえば、こういう風にアイをちゃんとレディ扱いしてくれた男性って初めてかもしれない!?
やるわね、ダントリー様……!
「先ほど王妃陛下にも話したんですが、僕は自分の行いを反省したんです。今までは兄上を尊重して、陛下方とは積極的に関わってこなかったのですが……」
「ラウルね……」
その言葉に、ふぅとサクラ太后陛下の口からため息が漏れる。
「あの子の気持ちもわかるだけに私からは何も言えなかったけれど、ダントリー、あなただけでもそう言ってくれて嬉しいわ。ユーリ陛下も、あなたがたの弟であることは間違いないのですから」
「ええ。僕たちは父上のせいで分断が起きてしまいましたが、父上亡き今、いつまでもその"血”に縛られている必要はありません。僕たちには僕たちの、新しい時代がある」
新しい時代。
その単語に、私は以前ユーリ様が言っていた言葉を思い出す。
『同時にそれが今のマキウス王国であり、新しい時代の象徴だと私は思っている』
形は違えど、ダントリー様が見ているのも同じく新しい時代なのね。
ユーリ様と同じ言葉を使っているせいかしら? なんとなく、この方は悪い方ではない気がするわ。
その後も、ダントリー様は見事な話術であっという間にアイとも仲良くなってしまった。
今度はぜひユーリ様とも話がしたいと言っていたので、私からユーリ様に口添えすることになった。
***
アイ、初めてのレディ扱い!
……これはもしや初恋コースなのでは……?
また、書籍の話になるのですが書泉オンライン様でアクリルコースター(有償特典)付きの予約が始まっておりますー!今回の表紙も本当にてぇてぇので、本当にお見逃しなく……!
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