第128話 ユーリ様、いつの間にそんな技を覚えたんですの!?

「――というわけで、エンドブルム侯爵ダントリー様が、ユーリ様と会いたいとおっしゃっていました。サクラ太后陛下のご子息ですし、アイも懐いているので大丈夫な方だと思いますわ」


 休憩しに戻って来たユーリ様に言うと、彼はくすりと笑った。アイはホートリー大神官にあげるお花を探しに行くと言って、侍女たちと出かけている。


「君の判断基準は、アイが懐くかどうかなんだね」

「えっ」


 言われて初めてはっとする。


 ……た、確かに私、ローズ様といいダントリー様といい、大丈夫かどうかアイが懐くか懐かないかで判断しているかもしれない。

 気づいて頬が赤くなった。


「だ、だってほら、アイが楽しそうに話していると、それだけでいい人! という気がしてしまって……」


 私が言い訳すると、ユーリ様がまたくすくすと笑う。


「その気持ちはわかるよ。それに、あの子には人を見る目があると私も思っている。ダントリー殿に会うのも楽しみだ」

「ではダントリー様にもその旨伝えますわね。近々晩餐会でも開催して……ダントリー様だけではなく、他の貴族様たちもお招きしましょうか?」


 口には出さなかったが、その中には長男のラウル様や次男のルカ様も含まれている。

 長女のマリナ様だけは元々私たちに対して敵意を持っていなかったため、恐らく招待すれば普通に来てくれるはずだ。


「そうだね。我々も歩み寄りを諦めずに続けていくことも大事だ」

「またハロルドに準備をお願いしなくちゃ。近々、ローズ様たちとたい焼きパーティーもしたいから……」

「タイヤキパーティー?」


 そういえば、ユーリ様には説明していなかったわ。


 私はアイとサクラ太后陛下から聞いた"たい焼き”のことをユーリ様に説明した。


 甘いものが苦手なユーリ様でも、ぼたもちはおいしく食べていたのよね。餡子の甘さだったら胸焼けせずに食べられるんですって。

 だったら、今回のたい焼きも期待できるんじゃないかしら。


 私が話すと、ユーリ様は興味深そうに答えた。


「それは楽しみだな。……それにしても、アイがそこまでするとは。リリアンの時もよく懐いていたが今回はそれ以上だな。……やはり女神との関連か」

「恐らくは……」


 ダントリー様ははたから見ていても、アイを喜ばせようとするというか、アイへの気遣いを感じられる。

 アイの目線に合わせて、アイの好みそうな話題を話す。恐らくアイに限らず、子どもは皆彼のことを好きになるでしょうねと思わせる会話をしているの。

 それに対してローズ様は、それほどアイに気を遣っている気配は感じない。良くも悪くも、大人と同じ扱いをアイにしているのよね。

 それにローズ様はとても美しい方だけれど、ミステリアスな雰囲気は妖艶な魔女そのもので、子どもがなじみやすいかどうかと聞かれると首をかしげてしまう。むしろ、どちらかというと子どもには怖がられる方が多いのかもしれない……。

 そんな中で懐く理由と言えば、やはり女神様との関わりなのかしら。


「それにしても不思議な方法だな。おいしいものをずっと食べさせる、なんて」

「ふふ。案外賢い手法かもしれませんよ? 前、ハロルドが豪語していましたもの。『誰かを捕まえたいなら、まずは胃袋を掴め』と」


 思い出すのは、ここぞとばかりに話していたハロルドの姿だ。


「実際私たちも、ハロルドに胃袋を握られていると言えば握られていますから」

「確かにそうだな」


 ユーリ様も同じ考えだったらしく、小さく笑いながらうなずいている。


「せっかく練習をしているのだし、私も料理でみんなの胃袋を……と言いたいところですが、さすがに私がハロルドに勝てる気はこれっぽっちもしませんわ」


 ハロルドは口は悪いけれど天才料理人なのだ。私どころか、国中の料理人が彼に挑んでも勝てないのではないかと思っている。


 肩を落とす私に、ユーリ様が微笑む。


「そうかい? 私はあまり食のことには詳しくないが……君の焼くクッキーは優しい味がして好きだ」

「クッキーは覚えさえすれば誰にでも焼けますわ」

「そんなことはない。現に私はできる気がしない」

「それ、は……」


 脳裏によみがえるのは、以前ユーリ様が作った血塗れクマのちぎりパンだ。


 元々ひどい画力だった上に、なぜかユーリ様のちぎりパンだけチョコレートが溶けだして、それはそれは世にも恐ろしいパンが出来上がってしまったのよね。


 思い出して、ふふっと口元が緩む。


「ほら、言い返せないだろう?」

「なんでそんなに得意げなんですの」


 なぜか自信たっぷりの口調に、私がますます笑う。そんな私の手を、ユーリ様が優しく握った。


「真面目に話をすると、簡単にできることもまた立派な才能だと思うよ。ハロルドと比べてしまうと難易度が上がるが、君は料理上手だと思う」


 その顔は、心の底からそう思っているのがわかる優しい笑顔で。

 ……ユーリ様って、こういうところちょっとずるいのよね。

 笑顔が大型犬っぽいって言うのかしら? まっすぐすぎて邪気がないっていうか、毒気が抜けるっていうか。……不覚にもきゅんとしちゃったじゃない。


 照れを隠すためにちょっとムッとした顔をしていると、ユーリ様がまたニコニコして言った。


「だから今度、またクッキーを作ってほしいな」

「……わかりましたわ」


 そんな風に言われたら、断れるわけないじゃない。


「それから」


 まだ何かありますの?

 そう思って顔を上げた私の唇に、突然ユーリ様の唇が押し付けられた。


「っ……!」


 ふ、ふいうち!

 そう叫ぶ余裕もなく重ねられる唇に、私はただただ翻弄されるばかり。


 ユーリ様、いつの間にそんな技を覚えたんですの!?


 唇が離れる頃には、私の息はふっ、ふっ、と荒くなっていた。

 すっかり顔が赤くなってしまった私に、ユーリ様が嬉しそうに囁いてくる。


「――今日、アイが寝たあと私の部屋に来てくれないか?」


 そ、そのお誘いは、つまり。


 言葉の意味を理解して、思わずごくっと唾を呑んでしまったわ。

 微笑んだままにもかかわらず、ユーリ様の黒い瞳が濡れたように光っている。そこに宿る光は、はっきりと私を求めていた。

 赤かった顔が、ますます赤くなる。


「ゆ……ユーリ様なのに、それはずるいですわ……!!!」

「私もやればできる子だろう?」

「それはアイを褒める時の言葉であって……!!!」


 私の反論に、ユーリ様がくすくすと楽しそうに笑う。


 くっ……! なんだか最近のユーリ様から謎の余裕を感じるわ……!

 前はもっとおどおどしていたはずなのに、どうして私の方が焦ってしまっているのかしら!?


 私が両頬を押さえてうなっていると、またいたずらっぽい笑みを浮かべてユーリ様が尋ねてくる。


「それで、返事は?」

「……………………………………行ってあげても、いいですけれども?」


 私の精一杯の抵抗だ。

 だというのに、それを聞いた途端ユーリ様がパッと輝かせる。


「嬉しい」

「むぐっ!」


 かと思うとまた唇を塞がれた。


 ほ、ほ、本当に、最近のユーリ様って!!!


「ママー!!!」


 とそこへ、扉が開くと同時にアイの声が聞こえて、私は咄嗟にユーリ様を突き飛ばした。


「……パパ、どうしたの?」


 ソファの向こうにひっくりかえっているユーリ様を見ながら、きょとんとしたアイが言う。


「な、なんでもないの。パパ、少し転んでしまったみたいねうふふふふ」

「ふうん……?」


 そこへニヤニヤした顔の三侍女も後ろからついてきた。


「アイ様ぁ、大人には突然転んでしまう時というのもありましてですねぇ」

「そうなんですよぉ。あら不思議、そういう時はみーんな転んじゃうんです」

「いわゆる、大人の事情ってやつですねぇ~」


 くっ……この子たち、もしかして見えていた……!? それとも雰囲気だけで何か察した……!? ユーリ様も残念そうな目でこちらを見ないで!


「なななな、なんでもないのよ!」


 私は赤くなった頬を隠しながら、急いでその場をごまかしたのだった。







***


ユーリもちょっぴりヘタレから脱出している………………と信じたい(信じたい)。


そしていよいよ明日8/7(水)は「隠れ才女」の3巻、そして8/9(金)は「5歳聖女」の3巻発売日になりますぞー!!!皆さまぜひ買ってください(ド直球)(土下座)。

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