第126話 どこかユーリ様にも似た甘い端整な顔立ちは


「……そうそう、そこの体はまあるくね……それから尾も大きくした方が、きっと食べやすいと思うわ」


 サクラ太后陛下の指示通りに描き込み、修正をしていくと、だんだんたい焼きの全貌が見えてくる。


 へぇ……鯛の形にくぼんだ鉄板なのね。そこに生地を流し込んで、餡子を詰めてもう片方の生地でサンド……。器具があれば、作り方自体はシンプルなのね。

 うん、これだったら鍛冶職人に作ってもらえそう!

 せっかくだし、作る前にハロルドにも見てもらおうかしら?


 私はそばにいたアンに声をかけた。


「アン、ハロルドを……と思ったけれど、やっぱり自分で行くわ」


 ちょうど、これからハロルドが忙しくなる時間帯だと気づいてしまったのよ。アイはまだプリンに夢中みたいだし、それなら散歩がてらひとりで行ってきてしまいましょう。


 私はひとり部屋から出ると、ハロルドのいる厨房へと向かった。



「――へぇ。鯛の形をしたお菓子? あいかわらず異世界人は発想がすげーな。俺も作り方をシミュレーションしておくか」


 厨房では予想通り、ハロルド以外の料理人もせわしなく働いていた。

 ハロルドは彼らにテキパキと指示を出しながら、私が持ってきた『たい焼き器』を見てあっさりとうなずく。


「騎士団のよしみで優秀な鍛冶職人を知っている。俺の方から発注かけていいか?」

「もちろん。その器具を使うのはあなたなんだもの。あなたが使いやすいように作ってもらうのが一番だわ」


 図案をハロルドに託し、私はまたアイたちが待つホートリー大神官の部屋へと向かう。


 それにしても面白いわ。あの機器で餡子をサンドイッチするのよね? 餡子の味は知っているけれど、ぼたもちとはどういう風に違ってくるのかしら?


 なんて考えながら歩いていたのがよくなかったのかもしれない。


 ドンッ!


「きゃっ!」

「うわっ!」


 曲がろうとした廊下で、男性とぶつかってしまったのよ。

 向こうは少し揺れただけだったけれど、弾き飛ばされた私は思い切り尻餅をついてしまった。


「いたた……」

「すまない。怪我はないか?」

「いえ、私も気付かなくて……」


 言いながら顔を上げた時だった。

 見覚えのある顔が、ばちっと視界に飛び込んできたのよ。

 黒い髪に黒い瞳、そしてどこかユーリ様にも似た甘い端整な顔立ちは……。


「ダントリー様」


 サクラ太后陛下の三男である、今年二十八歳になる元王子殿下だ。今はエンドブルム侯爵として領地を治めていて、会うのは新年の祝賀会以来かしら?

 彼はラウル元王太子殿下ほどあからさまな敵意は見せないものの、かといって親王派というわけでもなく、いまいち何を考えているか読めない方なのよね。

 同時にダントリー様も私に気づいたみたいで、彼がハッと息を呑んだ。


「……エデリーン王妃陛下」


 黒の瞳がじっと私を見ている。


 うっ……居心地が悪いわ。アイと同じ黒髪と黒い瞳なのに、印象は全然違うんだもの。

 でも話を振らないわけにはいかない。昔はダントリー様が王子殿下、私が侯爵令嬢だったけれど、今は私が王妃でダントリー様が侯爵だ。

 立場が逆転してしまったけれど、だからといって元王族相手に失礼はできない。

 それに、立場が逆転したからって急に偉そうになる人って、なんとなく嫌じゃない?


「今日はサクラ太后陛下にお会いに?」


 軽く話を振ってみると、意外にもダントリー様が急に頭を下げた。そしてこう言ったのよ。


「エデリーン王妃陛下、今までのご無礼をお許しください!」

「えっ」


 な、なんの謝罪!?


「急にどうしたのです? 頭を上げてくださいませ」


 動揺して言ったものの、彼はずっと頭を下げたままだ。


「いえ……。僕は長いこと、兄上を真似て王妃陛下たちに辛く当たってきました。けれどそれは無意味なことだと、ようやく気付けたのです。兄上はユーリ国王陛下のことを敵視していますが、国王陛下に敗れたのは、兄上や私たち自身の未熟さでもあるのです」


 ユーリ様には私のお父様――ホーリー侯爵の後押しがあったとは言え、もちろんそれだけで王位についたわけではない。

 議員たちを納得させるだけの騎士団長としての実績と、民たちからの支持もあったからだ。


 ……でも意外ね。ダントリー様がこうして謝ってくるなんて。

 素直に自分の非を認めるのは、簡単なようでとても難しいこと。世の中には自分の非を絶対に認めないまま一生を終える人だっているんだもの。

 やはりそこは、お人柄の良いサクラ太后陛下の血なのかしら?


「……頭を上げてくださいませ、ダントリー様。私もユーリ様もそんなことは気にしていませんわ。それより、これからともにマキウス王国を守っていけたら嬉しいです」


 貴族全員が仲良く……なんてことは夢見てはいないけれど、それでも味方はひとりでも多い方がいいもの。

 それにしても変な感じだわ。昔は私がダントリー様に頭を下げる側だったから、こういう時に王妃という立場になったのだなと感じてしまう。


「寛容なお言葉……ありがとうございます」


 そう言ったかと思うと、ダントリー様はさっと私の手を取った。

 続いて、すぐさま唇が手の甲に落とされる。


 きゃっ! び、びっくりした……!

 ユーリ様はあまりそういうことをするタイプではないからすっかり忘れていたけれど、貴族男性は息をするように手の甲に口づける方が多いものね。というよりも、挨拶。

 公務の時はさすがに構えているから驚かないのだけれど、こうした不意打ちで驚いてしまうあたり、私もまだまだだわ……!


 動揺を顔に出さないよう必死に微笑んでいると、ダントリー様がにこやかに言った。


「今日は母上と、ホートリー大神官の見舞いに来たんです。彼は……父亡き後、僕たち兄弟に代わってずっと母を支えてくれていましたから」

「そうなんですのね。なら、一緒に行きましょう。ちょうど私も大神官のお部屋に戻るところだったんです」

「ぜひ」


 私たちはともに歩き出した。






***

遅くなりました~~~!!!

今川焼き、人形焼き、回転焼きあたりは知っていたのですが、「蜂楽饅頭」「御座候」「甘太郎」など初めて聞く名称も多くてビックリ!そして改めて、日本全国の方が読んでくださっているんだなぁなどと謎に感心してしまった……!


そして新キャラ、ダントリーさん。

彼も書籍3巻の中に挿絵で出てくるのでお楽しみに!見た目は意外とユーリより柔らかかったりします。

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