第125話 『タイヤキ』という食べ物をご存じですか?

「ごきげんよう。お加減はいかがですか?」


 私とアイが部屋に入ると、中にはベッドに座っている大神官と、林檎を向いているサクラ太后陛下の姿があった。


「あら、エデリーン。いらっしゃい」

「やぁやぁ、これはエデリーン様!」


 すぐにふたりが朗らかに出迎えてくれる。

 その姿は太后陛下と大神官……というよりは、穏やかな老夫婦のようだ。


「いやあその説は心配をおかけしまして……! まだに休ませてもらっていますが、実は体は元気そのものなのですよ」

「そう言ってまた倒れてしまったらどうするんですか。あなたは今まで大神官として休みなく働いてきたのですから、今ぐらい休みなさい」

「はっはいっ!」


 そうぴしゃりと言う太后陛下は、しっかり者の妻そのもの。

 ふたりの微笑ましい姿に、思わずふふっと笑みがこぼれてしまう。


「こちらお見舞いですわ」


 私の言葉に、後ろについてきていたアンがすっと籠を差し出す。

 その中に入っているのは瓶詰めされたプリンだ。

 それも、ただのプリンじゃない。ころんとしたまあるい形の瓶の中、下半分はプリンが入っているのだけど、その上には色とりどりのフルーツがクリームとともに載っているのよ。まるで小さなケーキのようで、見ているだけで楽しくなる。


「おぉ、おぉ! これはまたなんと可愛らしい!」


 ニコニコ顔で、ホートリー大神官が受け取る。

 顔色は健康そのもので、私はホッとした。

 ……大病ではなくて本当によかったわ。


「アイ様もプリン、一緒にいかがですかな?」

「たべるーっ!」


 ホートリー大神官へのお見舞いなのに、アイが嬉々として身を乗り出している。


「じゃあばあばのお膝にいらっしゃい。あーんしてあげるわ」

「うん!」


 ニコニコしながらアイが、サクラ太后陛下のお膝にぽんっと座った。

 最近はサクラ太后陛下も自分のことを『ばあば』と呼ぶようになっていて、前よりもさらにアイとの距離が近づいていた。


「しかし、ローズ様は不思議な方ですなぁ」


 ホートリー大神官がスプーンを片手に持ちながら首をかしげている。


「最初に会った時、確かに女神様の気配を強く感じたのですが……あの方は一体何者なのでしょう」

「ローズ様にもう一度お会いしてみますか? 実は私たちも気になっていて……」


 言いながら、私は大神官と太后陛下にアイが見せてくれた映像のことを話した。


「なんと。アイ様をこの世界に連れてきてくれた人とローズ様がうりふたつ……!?」

「だから私たちは、ローズ様が女神様と何か関わりがあるのではないかと思っているんです。ただ本人に聞いても違うと否定されてしまって」

「ううむ、ますます不思議ですな……! これはぜひともお会いしてみたいですぞ!」

「では、今度お会いする場を設けますね。……サクラ太后陛下はどう思われますか?」


 太后陛下はそばでじっと話を聞いていた。


「正直……わからないわ。私がこの世界にやってきた時は門が開いただけで、そこに人間の姿はなかったもの」


 言って、サクラ太后陛下はご自身がやって来た時のことを教えてくれた。

 それを聞く限り、アイの時とは確かに状況が少し違うようだった。


 ただ、どちらも命の危機に瀕している時にこの世界に連れてこられたのよね……。


 サクラ太后陛下は自ら命を絶つことを考えた矢先に、アイは寒さで命の終わりを迎えようとした矢先に、マキウス王国に招かれている。


「アイちゃんが幼かったから、女神様が手助けしてくれたと考えることもできなくもないけれど……」


 私たちはうーんと考えた。けれど考えても考えても不確定要素が多くて、何もわからない。


「まじょさま、おててひんやりしてたよ。もういちどあいたかったからうれしいな」


 ニコニコとアイが言う。

 何があっても、アイの中でローズ様がアイを助けてくれたことは変わらないようだ。


「……そうね。ローズ様はアイの救世主だものね。だからいっぱいおいしいもの、食べさせてあげなくちゃ」

「うんっ!」


 口にプリンのクリームをつけたまま、アイが元気いっぱいに言う。


 あ、クリームを見て思い出したわ。


 私は急いでサクラ太后陛下の方を向いた。


「そういえば太后陛下、ひとつお聞きしたいのですが、『タイヤキ』という食べ物をご存じですか? うす茶の魚のような……」

「たい焼き?」


 サクラ太后陛下の目が丸くなる。


「驚いたわ。あなたの口からその単語が出るなんて……もしかしてアイちゃんがママに教えたの?」

「そうだよ! ショコラがねぇ、『魚なのに甘いなんてサイコーじゃん!』っていってたんだよ!」


 ……ショコラってそんな口調なの?

 アイが時々ショコラと会話をしているのは知っていたけれど、そんな風に話しているなんて……というか待って。

 今の口ぶりだと、まるで事前にショコラに相談していたように聞こえるじゃない。

 もしかして、そうなの?


 私がじっ……とアイを見つめている横では、サクラ太后陛下が懐かしそうに目を細めていた。


「本当に懐かしいわね、たい焼き。私はお小遣いがなかったから買えなかったんだけれど、時々親友の園子ちゃんがね。ふたり分って言って、私の分まで買ってきてくれたことがあったのよ」


 ソノコ。

 サクラ太后陛下の記憶に時々出てくる、太后陛下の大事な親友だ。


「生地がふんわりもちもちで、中の餡子がしっとり甘くて……。ぼたもちとはまた違う素朴な味わいなのだけれど、とってもおいしいのよね」


 見れば、目の前ではアイがほあぁ~と口を開けている。そのぷるぷるとした可愛らしい唇からは、今にもよだれがこぼれ落ちそうだ。


「あれは……どうやって作るのかしらね? 材料は確か今川焼と同じよね? ということは小麦粉があればいけるのかしら」


 イマガワヤキ。どうやら色々種類があるらしい。


「それに……たい焼きは何と言ってもあの鯛の形をした焼き機よね。これはさすがに作らないとない気がするわ」

「鯛? タイヤキのタイは、魚の鯛なのですか?」

「ええ、そうよ」


 なるほど。だから魚の形をしていたのね。


「でもなぜ魚だったのでしょう?」


 私が聞くと、サクラ太后陛下が思い出したようにふふっと笑った。


「私たちがいた国ではね、鯛は『めでたい』の『たい』と同じ発音だから縁起がいいと言われていたのよ。たい焼きもそれで人気が出たんですって」

「へぇ……面白いですわ」


 国によって、様々な文化や迷信がある。

 我が国にも、黒猫が前を横切ると幸運が訪れるとか、地面に落ちる前の落ち葉を掴んだら幸運が訪れるとか、色々言われているもの。


 きっとサクラ太后陛下とアイの国では、鯛が大事にされてきたのでしょうね。

 それにしても鯛の形の焼き機だなんて……一体どんなものなのかしら?


「たい焼き器の仕組み自体はそんなに難しくないわ。今から言うから、エデリーン、紙に描いてくれるかしら?」

「任せてくださいませ」


 私は嬉々として紙を持ってきてもらうと、ペンを走らせた。






***


サクラ太后陛下は"今川焼き”派です(実はこの発言から出身地も特定できちゃう)。

皆さまは何派ですか?

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