第124話 何だったのかしら今の……白パン?

 その日私は、不思議な夢を見た。

 大きな獅子のような生き物が私の胸に脚を載せて、こう囁くの。


「……えますか、聞こえますか……あたいは今、あんたの頭に直接呼びかけています……白パンです……明日は白パンをいっぱい用意するのです……あとサンドイッチにもするのです……それを魔女様に渡すのです……」

「う、うぅん……?」


 なぜか声がやたら近くで聞こえる気がする。

 違和感を感じて、私はうっすらと目を開けた。


 何かしら今の……。夢? それにしてはやたらはっきり聞こえていたような……。


 念のため胸元を触ってみたけれど、そこに何かが載っている気配はない。

 一時期、ショコラが寝た私の胸の上に乗りたがって大変だったのだけれど、ユーリ様がせっせと追い払っているうちに諦めてくれたみたい。


 起き上がって辺りを見回すと、暗闇の中すぐそばでショコラが丸まって寝ていた。隣ではアイがすーすーと穏やかな寝息を立てている。

 アイの向こうではユーリ様も、大きな体を縮ませてとても静かに眠っていた。


 何だったのかしら今の……白パン?


 なぜか夢で、やたら白パンを推された気がする。

 白パンと言えばほぼ毎朝食卓に出てくるけれど、そういえばローズ様たちの朝食には何が出されているのかしら。

 確かにあのパンはおいしいから、ローズ様たちにもぜひ食べてもらいたいわね。

 ……それにしてもなんで夢にまで白パン? 私、そんなに食べたかったのかしら?


 不思議に思いつつも、私はまたベッドの中に潜った。


 明日ハロルドに、ローズ様たちの食事メニューを見せてもらわないとね……。


 その時、そばでショコラがもぞりと動いたけれど、私は特に気にすることなくそのまま目をつぶった。



 翌朝。

「なんで白パンの夢なんか見ちゃったのかしら……」


 不思議に思いながら、私は朝食を食べるアイを見た。アイは最近、白パンをただ食べるだけじゃなくて、色々なサンドイッチにして食べるのが好きらしい。

 今日はたっぷりのクリームといちごを挟んで、いちごサンドイッチにしていた。

 一応ハロルドにも言って、ローズ様たちの朝食にも白パンを出してもらうことにした。


 今頃アイと同じように、サンドイッチにしてもらっているはずよ。

 なんとなく夢の通りにしてしまったけれど、特に害はないわよね? パンだもの。


 考えていると、口の端に白いクリームをつけたアイがもぐもぐしながら言った。


「そういえばママ、アイね、なべのおじちゃんにつくってほしいおかしがあるの」

「お菓子? 何が食べたいの?」


 私が聞くと、アイがごっくんと口の中のものを飲み込む。それからきっぱりとこう言ったのだ。


「アイ、“たいやき”をつくってほしいの!」

「……タイヤキ?」


 聞いたことのない名前ね。

 首をかしげると、アイが一生懸命説明してくる。


「あのね、ほんとはアイもたべたことがないんだけどね、しょこらがどうしてもそれがいいって!」


 ショコラが?


 その言葉に振り向くと、ショコラがすました顔でこちらを見ていた。


 ……やっぱりこの子、人間の言葉分かっているわよね……。


「アイが食べたことないということは……もしかしてぼたもちのように、前の世界の食べ物なの?」

「そうだよ! ママにみせてあげるね!」


 そう言って、アイは嬉々として私の両手を握った。


 途端に流れてくるのは……異国情緒のただよう建物だ。

 何か、大きな建物の中の一角みたい。

 アイが見つめている先には、大きな横長のキャンバスに、うす茶色い魚が描かれていた。


 ……魚? タイヤキって、魚なの? でもさっき、アイはお菓子って言っていたわよね?


 記憶の中のアイは、歩きながらそれを見ているらしい。

 どんどん足元が移動していきながらも、視線がじっ……と建物に注がれている。

 と言っても背が低いから、中に何が置かれているかはよく見えないわね。

 わかるのは、その中にいる人が、キャンバスに描かれた魚を薄い紙に包んで人に渡していることだけ。……恐らくあれはお店ね。タイヤキ屋かしら?

 受け取った男の人は、そばにいた男の子にその魚を渡した。その場ですぐに食べるものみたい。男の子ががぶりと魚にかぶりつくと、その先端から覗くのは……。


 あっ! 私これ知っているわ!

 餡子でしょう?

 サクラ太后陛下のぼたもちづくりの時に散々見たあれと一緒ね!

 ………………でも魚に餡子が入っているの……?


 ちぐはぐな組み合わせに、私の眉間に皺が寄る。


 魚と言えば、食事よね。そりゃ世の中には魚を使ったお菓子もないわけじゃないけれど……でもさすがに魚の中に餡子はないと思うわ……。

 そもそもあの魚、何やらやたら分厚い。揚げているのかしら? でもふわふわしているようにも見える……。そもそもあれ、本当に魚?


 私が考えていると、やりとげました! と言わんばかりにアイがふんすっと言った。


「ママっ! これがたいやきだよ! アイ、つくってほしいの!」

「わ、わかったわ。後でハロルドを呼びましょう。……それにしても急にタイヤキを作りたいなんて、一体どうしたの?」

「あのねっあのねっ! まじょさまがね、おいしいものをたべなきゃかえっちゃうんだって!」

「そうなの……?」


 昨日、魔女様たちはスイーツビュッフェを気に入ったみたいで、たくさん食べてくれていた。

 けれど、食べなきゃ帰るというような雰囲気は、なかったはず……。

 不思議に思ったけれど、でもアイの顔が切羽詰まっていたから私はそれ以上聞かないことにした。

 初めて会った時からそうだったけれど、やっぱりアイはローズ様に特別な執着を覚えているみたい。

 とはいえ、彼女が何者かはまだわかっていないのよね。

 頼みの綱であったホートリー大神官は、今はもう元気になっているのだけれど、念のため休養を取ってもらっている。

 大神官が倒れたと聞いてサクラ太后陛下もすごく焦っていて、今も連日、大神官の部屋に通い詰めていると侍女たちが話していたわ。

 そして大神官が倒れる直前、こう言っていたわ。


『なぜ、あなたは女神ベゼ様の気配をまとっておられるのですか!?』


 ……同じ気配ということは、やっぱり関係者……あるいは本人なのかしら……!?

 ホートリー大神官が嘘をつくとは思えないし……。

 ローズ様にもそれとなく聞いてみたのだけれど、「我はただの魔女だ」のひとことで終わってしまうのよね。

 やっぱり人間に身分を明かしちゃいけない決まりでもあるのかしら? それとも記憶がないとか?


 私がうーんと考えていると、じれたようにアイが私を呼んだ。


「ねぇママっ! たいやきっ!」

「あらごめんなさい、考え事をしていたわ」

「もー! ママちゃんときいて!」


 と言って、アイがぷぅと頬を膨らませてぷんすか怒っている。


 その姿もまたたまらなく可愛くて、私はふふっと笑った。

 だって、怒るのって簡単そうに見えて、本当は信頼関係がないとできないことなのよ?


 ――ここに来た当初、アイはすべての大人に怯えていた。

 また怒鳴られるんじゃないか、ぶたれるんじゃないかってことばかり気にして、大人の顔色をうかがって、わがままどころか自分の意見すら言えなかったの。

 あの時、多分私がどんな理不尽なことを言っても、アイは受け入れていたでしょうね。

 でも今はこうして「はなしをきいて!」と私に気持ちを言えるようになっている。

 それはそういう風に言っても、私が怒らないからってわかっているからでしょう?

 それって……親としてはとっても嬉しいことよね。


「うふふ、ごめんね。お詫びに、今すぐサクラ太后陛下のところに行きましょう?」

「サクラのばあば? なんでばあばのところ?」

「それはね……きっとサクラのばあばなら知っているからよ」


 アイが言っていたタイヤキという食べ物は、餡子を使っていた。つまりぼたもちと同じ種類の食べ物よね。

 それだったらきっと、サクラ太后陛下なら知っていると思ったのよ。

 私はアイと手を繋ぐと、ホートリー大神官の部屋へと向かった。



***

ようやく出てきました今回のおやつ!


そして~~~今連載中の第3部を収録した『5歳聖女』の第3巻が8/9(金)に発売されます!

書籍限定の書き下ろしSSが二つ加筆されているのですが、当初どちらも特典用のSSとして書いていたのですよね。でも書きあがってみたら「いやこれは本編に入れるべきだ!」という内容になったので(一応読まなくても支障はないとは思いますが、某登場人物らのアフターストーリーが気になる人は必見です)、よければぜひ!!!各種特典なども行わせていただきますのでぜひ続報をお待ちください~!!!

※後ほど近況ノートでもお知らせします

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