第123話 だってあたい猫だもの ◆――ショコラ


「ちょっと起きて! 緊急事態なのよ!」


 そのまま寝ようとするおちびの顔を、これでもかとぺしぺし叩く。


 ほらっ! 存分に食らいなさい! これがあたいの肉球攻撃よ!


 ぷにぷにぷにぷに。


 押しまくってみたけど、おちびは中々起きない。

 むしろ押せば押すほど、どんどん眠りに落ちて行こうとしている。


「ちょっと! 起きなさいよ!」


 おちびの耳元で囁いてみたけど、効果は薄い。

 仕方ない、こうなったら……。

 あたいはしゃきん、と爪を取り出すと……その爪でそっとおちびのまつ毛をはじき始めた。


「う、うぅん……!」


 あたい、知っているのよ。

 人間ってどんなに寝てても、まつ毛をびしばしやられると起きるんでしょう?


 あたいの目論見通り、おちびのまつ毛をびしばししばいているうちに、おちびがむくりと起き上がって来た。


「なあに……?」

「緊急事態なのよ! ちょっと来てよ!」


 袖を加えてぐいぐいひっぱると、おちびも目をこすりながらついてきた。おちびのママとパパが起きないように、部屋のすみっこまで連れて行く。


「ねえ! あんたも主様――じゃなかった、魔女様においしいもの食べてほしいでしょ!?」

「まじょさま……? うん、おいしいものはたべてほしいけど……なんでいまなの?」

「だって早くしないと魔女様と会えなくなっちゃうからよ!」


 会えなくなっちゃう。


 その単語におちびの目が覚めたみたいで、ぱしぱしとまばたきを繰り返している。


「まじょさま、あえなくなっちゃうの?」

「そうよ! おいしいものいっぱい食べさせないと、国に帰っちゃうんだって!」


 これは嘘よ。でも許される。だってあたい猫だもの。


「だからおちびも一緒に考えて! あんた、前いた世界でおいしいもの、もっと覚えてないの!?」

「う、うーん……アイ、みたことあるけど、たべたことないものばっかりだよ……」

「いいのよ! またあの料理人に再現してもらえばいいでしょ! ほら、あたいに見せて!」


 言って、ぐいぐいとおちびのほっぺを押す。

 ……実はね、あたい最近気づいたんだけど、おちびの〝映像共有〟とかいうスキル、あたいも対象者になってたみたいなの!

 今までおちびに厨房の様子を探らせるのに使ってたけど、今こそ正しい使いどころじゃない!?


「わかったよぉ」


 あくびをしながら、おちびがあたいの手を握る。


「もうなんでもいいから! とにかく覚えてる限りの食べ物を見せて!」

「うーん……」


 唸りながらも、おちびは色々思い出し始めたようだ。あたいの中に不思議な絵が流れてくる。


 何なのコレ? 机がたくさん並んだすんごい広い場所に、すんごいたくさん人がいる。


 そばには、何やらでかでかと絵が描かれた建物がたくさんある。

 なんか大きな皿に細い糸がいっぱい入った絵。なんかよくわかんないけど肉? 肉と黄色いのは卵? が載った深い皿の絵。それから……何あの茶色いどろどろしたの。シチューに見た目が似ているけど、お米にかかっているし別物よね? 何かしらこれ。


「ねぇこれ何よ。本当に食べ物?」

「これはかれーだよぉ」


 ……ふうん? かれー? 初めて聞くやつね。でもあんまおいしそうに見えないわ。


「ねぇ、もっと甘そうなものはないの? アイビーも主様も、絶対甘いの好きだと思うんだよね」

「あまいもの……あったかなぁ……」


 おちびが今必死に思い出しているのだろう。いくつもいくつもの絵が頭の中を通り過ぎていく。


「うーん……うーん……アイ、どーなつしか覚えてないよぉ……」


 その時だった。

 おちびの視界にちらりと映ったとあるものが見えたのだ。


「おちび! 今の何!?」

「いまの……ってなに?」

「今のったら今のよ! ほら、少し戻って! なんかあんたがじーーっと見つめていたじゃない! うす茶色いあれ!」

「これ……?」


 おちびが自信なさそうに思い出す。


「そうそうそうこれよこれ! 何これ最っ高じゃない! これ一体何なの⁉ 甘いの!?」

「たぶん、あまいとおもう……。アイ、たべたことはないけど、ちらっとみたことはあるから……」


 それをじっくり眺めながら、あたいは舌なめずりをした。


「よし! それならこれにしましょ!」

「うん! ……じゃあアイ、もうねていい?」

「いいわよ! おやすみ!」


 あたいはおちびをベッドに戻すと、次なる作業に取り掛かった。





***


猫だから嘘をついても許される(キリッ

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