第108話 見れば見るほど不思議な夫婦
私が嫌な予感がしながら見た先には、どちらも黒髪をした美しい男女がいた。
女性の方は椅子に座り、男性は立ってその椅子を支えるように手を添えている。
すらりとした細身の男性はかなりの長身だ。ユーリ様と同じぐらいか、ユーリ様より少し背が高いくらいかしら?
ただしユーリ様と違って筋肉はあまりなさそうで、だぼっとしたローブの上からでも、体の線が細いのが伝わってくる。
さらさらの黒髪に、眼鏡の奥に輝くのはミステリアスな紫の瞳。感情をあまり感じさせない表情と佇まいをしていた。
そして女性の方は、ロッキングチェアに車輪のついた不思議な椅子に座っていた。
彼女の長い黒髪は、腰の当たりまでゆるやかなウェーブを描いている。赤い瞳は真紅と呼ぶにふさわしく、体の曲線とあいまってドキリとするほど色気がある。
そこまで考えて、私はこのふたりの出で立ちがとある人物らとぴったり一致することに気づいた。
このふたり……。
「もしや、噂の魔術師ご夫妻ですか?」
私の言葉に、お父様が嬉々として答える。
「おお。やはりお前も知っておったか! 王都ですごい噂になっているからなぁ!」
やっぱり。
予想が当たったけれど、ちっとも嬉しくない。私はハァとため息をついた。
もしやとは思ったけど、やっぱりやってくれたわねお父様!
まさか占ってもらうだけじゃ飽き足らず、自宅にまで呼んでしまうなんて!
父の占い好きにも本当に困ったものだ。
とは言え、ここで無礼を働くわけにもいかない。
私は王妃として恥ずかしくない振る舞いをするため、にっこりと優雅に微笑んだ。
「ようこそホーリー侯爵家へ。お会いできてうれしいですわ。私はエデリーンです」
私の言葉に、魔術師である男性が無表情で軽く会釈する。
が、特にその後、彼の口から言葉が出てくることはなかった。
その雰囲気からして、人付き合いはあまり好きではなさそうね?
一方魔女である妻の方は大変美しい、それでいてどこか威厳を感じさせる笑みを浮かべて言った。
「こちらこそお会いできて嬉しい。我の名はローズ。こっちはアイビーだ」
「主様の夫です」
ローズ様の言葉に、先ほどまで黙っていたアイビー様がすかさず入ってくる。
私はぱちくりと目をまばたかせた。
自分のことを『我』と呼ぶ女性に、妻のことを『主様』と呼ぶ夫……。なかなか個性的なふたりでいらっしゃるのね?
とはいえ魔術師や魔女は、変わり者が多いとも聞く。それにふたりはマキウス王国出身ではないらしいので、文化も色々違うのだろう。
「おふたりは高名な魔術師様と魔女様であるとお聞きしましたわ。出身はどちらなのでしょう?」
出身、という言葉にローズ様が考え込んだ。
「出身……はどこだったかな……。深い……深い森の中だった気がする」
まるで遠い昔を思い出すように、ローズ様が遠くを見ている。その赤い瞳にはかすかにオレンジが混ざり、夕日のように揺らめいていた。
「ずいぶん長いこと彷徨っていたから、細かいことはもう忘れてしまったな」
「過去のことなど忘れてしまった方がいいのです」
表情を変えることもなく淡々と言ったのはアイビー様だ。
「そうだな、その方がよいのかもしれぬ」
そんなどこか浮世離れしたふたりを、私はじっと見つめていた。
……このふたり、見れば見るほど不思議な夫婦ね。
まだ若く美しいのに達観した雰囲気を出すローズ様もそうだし、そんなローズ様に話しかけるアイビー様は、夫というよりも従者のようなんだ。
私が戸惑っているのに気付いたのだろう。ローズ様が言った。
「驚かせてすまなかったな。それから、我の言葉遣いもどうか許してほしい。長年世俗と離れていたものだから、敬語がわからぬのだ」
世俗から離れていた? 山に籠っていたのかしら?
「その分、代わりにわたくしが敬語を使いますので」
アイビー様の言葉にローズ様が眉をしかめる。
「我の代わりにお前が敬語を使ったところで何も意味がなかろう!」
その会話を聞きながら、私はふふっと笑った。
「申し訳ありませんわ、笑ったりして。おふたりの会話が仲睦まじくて。どうぞ言葉遣いなんて気にしないでくださいませ」
お父様に育てられたせいか、私もそういう部分には緩い。他国から来た魔術師夫妻にまで礼儀を強いる気はなかった。
「また、席も立たずに話し続けていることも許してほしい」
「主様は完全に歩けないというわけではないのですが、立つこともまた負担になってしまうのです」
「そうなのですね……」
私はローズ様の変わった椅子をまじまじと見た。
あんな椅子、我が家にあったかしら? と思っていたけれど、どうやらあれはローズ様の自前らしい。
「どうぞそれもお気にせず。ああ、紹介が遅れましたが、こちらは娘のアイですわ」
言いながら私がアイを見ると、アイはじいいいっ……とローズ様を見つめていた。
そしてそのまま、何も言わない。
「……アイ?」
アイはいつもいい子だから、紹介されるまでじっと静かにしていることが多い。けれど人をこんな風に不躾に見つめたりしないし、いつもならとっくにカーテシーを披露して名乗っているはず。
だというのに、今回は私が名前を呼んでも反応しなかった。
ただひたすら、穴が開きそうなほどの勢いでローズ様を見つめている。
その瞳に浮かんでいるのは喜びでも恐れでもない、強い好奇心だ。
初めて見るアイの反応に、私はもう一度そっと呼びかけた。
「アイ、ご挨拶は?」
そこでアイはようやく気づいたようだった。
***
もう皆様お気づきかと思いますが、どう見てもあの二人ですね!
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