第107話 もしかしてもしかしなくても

 それは次の日の話だったわ。


「エデリーン様。お父君から手紙が来ていますよ」

「手紙……?」


 差し出された封蝋付きの手紙を見ながら、私は嫌な予感がしていた。

 まさか一緒に占いに行こう! なんて書いていたりしないわよね……? いやむしろお父様だったら、明日城に連れて行くから! なんて書いてくる確率の方が高そうだわ……。


 おそるおそる封を開いて見ると、そこには


『妹たちが会いたがっているから久しぶりに実家に帰ってきなさい』


 と書いてあった。


 なんだ。全然関係ないことだったのね。

 そのことにホッとしつつ、私は思い出した。


「そういえばもうずいぶん実家に帰っていないわね……」


 本当は王妃として嫁いだ後も、ちょくちょく実家に帰ろうと思っていたの。

 なんていったって当初の予定では、私は子も持てない“お飾り王妃”としてひっそりと生きていくつもりだったんだもの。

 でもそこにアイが現れて、しかも到底放っておけるような状況じゃなかったから、つきっきりになっていたのよね。

 アイが元気になってからはなってからで、今度はアイが可愛くて可愛くて……。

 少しでも一緒にいたい、と言っているうちに、気づけば最後に実家に足を踏み入れてから一年近く経とうとしていたの。


「妹たちは元気かしら?」


 ホーリー侯爵家の子どもたちは、全員が女の子だ。

 長女である私に、年子の次女ジャクリーン、そこから二歳年下の三女オーリーン。そして私とは十歳も年の離れた四女トルケの四人。


 世渡り上手な次女ジャクリーンは、既に公爵夫人になっている。

 少し内気な三女オーリーンは絶賛結婚相手を探し中。

 四女トルケはまだ十歳だから、結婚の話はもう少し先かしら?


 妹たちのことを思い出しながら、私は懐かしい気持ちになっていた。


 私が婚約解消されて落ち込んでいた時、優しい三女オーリーンと四女トルケがずっと慰めてくれていたのよね……。次女ジャクリーンには描いた絵を『将来売れるかもしれないから』って全部回収されたけれど、それも今思えば彼女の優しさだったのかもしれない。


「確かに久しぶりに妹たちに会いに実家に帰ってもいいかもしれないわね……」


 それならせっかくだもの、アイも連れて行きたいわ。


「アイ。一緒におじいちゃまとおばあちゃまのおうちに行きましょうか? ママの妹たちもいるのよ」


 言いながら頭を撫でると、アイがきらきらと目を輝かせる。


「ママのじいじとばあばのおうち? いく!」

「久しぶりだもの。みんなにお土産も持っていきましょう。何がいいかしら」

「アイもいっしょにえらぶー!」

「なんの話だい?」


 とそこへ、仕事を終えたらしいユーリ様が部屋に入ってくる。


「ちょうどいいところに。実は久しぶりに妹たちに会いたいので、アイを連れて二、三日侯爵家に戻ってもよいですか?」

「ホーリー侯爵家に? いいと思う、が……」


 そこでなぜか急にユーリ様がもじもじし始めた。


「その、私も一緒に行ってもいいだろうか?」

「ユーリ様もですか? もちろんです――」


 私がそう言いかけた時だった。

 扉がバァン! と開いたかと思うと、ハロルドが入って来たのだ。


「ユーリはダメだろ。今週来週は全部合同演習が入ってるの忘れたのか? はいこれ今日のおやつ」


 合同演習。

 その単語に、ユーリ様ががくりとうなだれる。


「そういえばそうだった……!!!」

「なべおじちゃん。ごーどーえんしゅーってなあに?」


 問いかけるアイに、ハロルドがしゃがんで答える。


「色んな騎士団の男どもが集まって、皆で剣を鍛えるのさ。王妃サマが出るほどのものではないけど、さすがにユーリはいないと士気が下がるからなあ」

「そうだな……私は大人しく諦めた方がよさそうだ」


 しょんぼりと肩を落とすユーリ様に、私は声をかけた。


「また次回一緒に行きましょう?」


 ホーリー侯爵家のタウンハウスは王都内にあるのでそれほど遠くはない。

 私の言葉に、ユーリ様は諦めたようにこくりとうなずいた。




「着いたわね」


 翌日。

 縦にも横にも広い、三階建ての豪華なタウンハウスを私はアイとともに見上げていた。


「おーきなおうちだねえ。これ、ぜんぶじいじのおうち?」


 帽子をかぶり、手を繋いだアイがキラキラとした目で見上げる。


「そうよ。ぜーんぶじいじのおうち」


 これでもホーリー侯爵家はマキウス王国きっての大貴族のひとつなのだ。もちろん王宮と比べると負けるけれど、それでも久しぶりに見ると本当に大きいなと思う。


「おぉ! 来たか! エデリーン、アイ!」


 聞こえて来たのは久しぶりの父の声。その横には微笑んでいる母もいる。


「おかえりなさい。本当に久しぶりね」

「ただいま、お父様、お母様」


 私はふたりと挨拶のハグをかわした。横ではアイも真似して、ふたりとハグをかわしている。


「さぁさぁ! 中ではオーリーンたちも待っているぞ! ジャクリーンはいないがな」

「しょうがないわ。だってお医者様からじっとしていろと言われたのでしょう?」


 上着を脱ぎながら私は実家に足を踏み入れた。

 次女のジャクリーンは絶賛妊娠中なのだけれど、切迫気味になってしまったのだ。

 今はお医者さんから出歩いてはいけないと言われてしまったらしく、ぶーぶー文句を言いながら自宅で静養しているらしい。


「そうなのよね。あの子ったら『産みおさめだから!』とか謎のこと言ってあちこち旅行していたから……じっとしていなさいと言ったのに」


 そこにお父様が割り込んでくる。


「そういえば今日は面白いお客様をお招きしているんだぞ! ぜひともお前に紹介したくてな!」

「面白いお客様?」


 ……なんだろう。嫌な予感がするわ。


 うっきうきの父とは反対に、私の眉間に皺が寄る。


 こういう時のお父様はだいたいろくなことをしないのよね。『お前とユーリ様を結婚させる!』って言ってた時も、こんな口調じゃなかったかしら……!?


 助けを求めるようにちら、とお母様を見ると、お母様は静かに首を振っていた。


 あ、だめだわ。あれは『諦めてちょうだい』の時の顔だわ……!

 今すぐ帰った方がいいかしら!?


 けれど私が逃げ出すより早く、父が歓談室の扉をバーンと勢いよく開けた。

 と同時に、中の人が一斉にこちらを見た。

 そこにいたのは、三女のオーリーンと四女のトルケ。


「お姉様おかえりなさい!」

「お姉様!」


 私を見つけたふたりが、パッと顔を輝かせて駆け寄ってくる。

 久しぶりに見る妹たちは懐かしく、私はふたりを抱き寄せた。


「ただいま。ふたりとも久しぶりね、元気にしていた?」


 尋ねると、三女のオーリーンが癖のある茶色の髪を揺らしながら照れたように言う。


「うん。なんとか、多分元気」

「多分って何よ」


 くすくす笑っていると、まだ十歳の四女トルケが飛びついてきた。ふわふわの金髪をぴょこぴょこ跳ねさせながら、元気いっぱいに言う。


「ねえお姉様! トルケにも聞いて! トルケ、話したいことがいっぱいあるの!」


 そこにお父様がまたもやぐいと割り込んでくる。


「それよりエデリーン、見てくれ! 今王都で噂のあの夫妻に来てもらったぞ!」


 ……それって、もしかしてもしかしなくても……。




***

私のスケジュール回すのが下手すぎて今予約投稿で手一杯なのですが、いつも感想見ていますありがとうございます!感想があると元気が出る。


今回はちょっと真面目な(?)お話。

「第3部で完結ですか?」という質問に関しては、「魔王様編は完結」です!5歳聖女そのものが完結になるかどうかは、正直なところ出版社が続刊を出してくれるかどうか次第だったりします(どうしても商業作品の原稿を優先しなければいけないので、スケジュールに空きがでなければ、そもそもなろうにしか載せない分を書く時間が取れない問題……!)


第3部に関しても、実はありがたいことに第3巻を書籍として出させてもらえることになったので、担当さんと相談して本文をなろうに掲載させてもらえることになったのです(書籍を購入してくださったみなさま本当にありがとうございます……!)。


なので、私はふんわり「続けばいいなぁ~」なんて思いながら書いています。なるようになれ!


そしてそれとは別に、エデリーンの溺愛っぷりが◎なコミカライズ企画もちゃんと進行していますので、そちらももう少しお待ちくださいまし~!

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