第79話 って、あっちもバレてるの!? ◆――キンセンカ(リリアン)

 この子……ふたりきりの時に打ち明けてくるなんて、一体何が狙いなの!?

 いえ、もしかして国王や王妃も、このことを知っているの……!?


 状況がつかめなくて、わたくしは急ぎ辺りを見回した。もしかしたら王妃たちが、隠れて襲ってくるかと警戒したのよ。


「おねえちゃん、しょこらと一緒だよね? あのね、しょこらもまものなんだよ」


 って、あっちもバレてるの!?

 わたくしが驚いてショコラの方を見ると、黒猫は全然気にしていない様子で「ふにゃ~あ」とのんきにあくびをしている。


「なっ! どっ……!? そ、そのことは、王妃陛下も知っているのかしら……!?」


 動揺しながらなんとか言葉をしぼりだすと、聖女はふるふると首を振った。さらさらでやわかな黒髪が、その拍子にふわりと揺れる。


「ううん。ママはしらないとおもう。びっくりしちゃうとおもって、ないしょにしてるの」

「そ、そうなの? じゃあ、わたくしのことも内緒にしてくださる……?」

「いいよ!」


 恐る恐る聞けば、驚くほどあっさりと聖女はうなずいた。


 ほっ……。やっぱりこの辺りは子どもね。こんな大事なことを親に隠すなんて、いけない子! ……まぁそのおかげでわたくしは助かっているのだけれど。


 ひとまずは身の危険が去ったようで、せっかくだからわたくしは聞いてみた。


「ねぇ……その魔物探知って、どういう風にわかるのかしら? わたくしは他の人と違うように見えるの?」


 質問に、聖女アイがこてんと首をかしげる。


「あのね、おねえちゃんはすぐにわかったよ。アイたちのところにくるまえから、ずっとまちでぴかぴか、ぴかぴかしてたもん」

「ぴかぴか……?」


 何かしら。隠しているはずの魔力が発光しているとでもいうの? それだったら神聖力を持つ神官たちの方が、よほど光っていそうだけれど。


 考えていると、そこに「にゃあん」という鳴き声がしてショコラがやってくる。


「難しくかんがえたって無駄よ! あたいも色々聞いたけど、『なんとなくわかる』ってやつで、まだおちびに言語化はできないわよ!」


 ねえ、ちょっと。この猫普通に喋っちゃってるじゃない。


 おかげで誰かに見られていないか、わたくしが辺りを確認するはめになったわよ。

 でもショコラが魔物だというのはもう知っているようだし、聖女本人も喋り出した黒猫に驚いてはいない。もしかしてこのふたり、日常からこうやって会話をしているのかしら。


「それにしてもあんた、ずいぶん苦労しているみたいじゃない」


 急に気安い空気を出しながら、黒猫がニヤ、と口の端を吊り上げる。


「何をする気なのかと思ってずーっと見てたけど、あんた、おちびのパパに色仕掛けしているんでしょ? でも全然うまくいってない」


 言って黒猫はニヒヒと意地悪く笑った。目が三日月のように細く薄くなっていて、思わずわたくしはムッとする。


「し、仕方ないでしょう。あなただって言っていたじゃない。聖女の守りは固いって。どうせ国王ユーリにだって、何かしらの加護がかかっているんでしょう? あの大神官だって、あんな見た目でえぐい技使ってくるんだから!」

「おちびのパパ?」


 丸くてもふもふの手を顎にあてて、ショコラが首をかしげる。それを真似するように、隣では聖女アイもぐぐ~と首をかしげている。


「ねえ、おちび。あんた、パパに何かやったっけ?」

「ううん。パパにはなにもしてないよ。ママにはしたけど」


 まるで友達と会話するような気軽さで、聖女アイとショコラが会話をしている。


「ちょっとちょっと……あなたたち、そんな感じだったかしら!? この数日見てきたけど、人間の言葉で会話したことないわよね!?」


 突っ込むわたくしを見て、ショコラはふっと鼻で笑った。……腹立つ顔ね。


「当たり前じゃない。他の人間がいる前ではちゃんと猫語で会話してるわよ。ね?」

「うん! アイはどっちもわかるからだいじょうぶだよ!」


 言って、ショコラと聖女が手と肉球を合わせてキャッキャと笑っている。


 ……何この幻想ほのぼの空間。

 この猫、仮にも上位魔族のはずなんだけれど、もはや魔物としての威厳ゼロね。


 それと、もうひとつ気になる言葉がある。


「『パパにはなにもしてないよ。ママにはしたけど』ってどういうことなの? 一体何をしたの?」


 聞くと、聖女アイが「うーん」とうなった。そこにまた訳知り顔でショコラが口を出す。


「しょうがないわねえ……新入りのあんたのために、あたいが説明してあげるわよ」


 新入りて。

 わたくしは刺客であって、聖女の愉快な仲間たちみたいな言い方しないでくれる?

 あとショコラがドヤッ……てしている顔、すごくイラッとくるわ。


「おちびはね、聖女だから色んなスキルが使えるのよ。魔物探知もそうだし、おちびのママにかけたあれ……あの……なんだっけ? アレ」


 全然覚えていないじゃない。

 聖女アイを見る黒猫に、わたくしは心の中で突っ込んだ。


「えっとね、ママがいってたよ。さいのう……さいのうかんち?」

「ああ、それそれ。“才能開花”ね!」


 またドヤァッと音が聞こえてきそうな勢いでショコラがふんと鼻息をついた。


 いや聖女に言われるまで思いっきり忘れていたわよねあなた?


 わたくしのじとっ……とした視線をものともせず、ぐいーっと立ち上がった黒猫が、ぺしぺしと聖女の肩を叩く。


「おちびにはね! みんなの秘めたる力を開花させるすんごい力が備わっているのよ! 人間だけじゃなくて、魔物にも適用されるのよ! ねっ、おちび?」


 ショコラに言われて、聖女アイは照れていた。かぁぁっと頬を染め、もじもじと手でスカートを握っている。


「う、うん」

「んもう。あんたがそんなに恥ずかしがってどうするのよ。自信を持ちなさい。おちびのそれはすっごいんだって、あたいが保証してあげるから!」


 なんて言いながら、ピンクの肉球をつけたもふもふの手が、聖女アイのほっぺにぷにぷにと押し付けられている。


「……うんっ!」


 それを聞いた聖女が、嬉しそうに笑った。

 その頬にはまだ赤みが残っているものの、パッとはじけた表情は心から喜んでいるのがわかる、まぶしいほどキラッキラの笑顔だった。


 思わずわたくしは目を細めた。


 一瞬――ほんの一瞬だけ、わたくしはいつも聖女を可愛がっている王妃エデリーンの気持ちがわかった気がしたの。


 こんなに無邪気で、そして愛らしい笑顔を向けられたら、確かに守ってあげたくなるのかもしれないわね。母性なんてかけらもないわたくしがそう思うんだから、人間にはもっと効果てきめんなのでしょう。


 じっと見つめていると、またショコラが得意げに言った。


「おちびには、なんかよくわかんないけど、色々見えているんでしょ?」

「なんかよくわかんないけどってだいぶ雑ね……」


 我慢しきれず口に出た。


「わかんないんだからしょうがないじゃない。おちび、キンセン――じゃなかった、リリアンに説明してやってよ」

「うん。あのね……」


 顔をあげた聖女アイが、わたくしのことをじっと見つめた。元々大きな瞳がさらに大きく見開かれ、キラキラと、文字通り星を吸い込んだようなきらめきを放つ。


 ……い、一体何が見えているというのかしら?


「おねえちゃんもね……つぼみ、あるよ」


 言って、聖女アイがわたくしの胸を指した。

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