第78話 見た目は本当にただの子どもね ◆――キンセンカ(リリアン)

 あああ! もう! 本当にあの男は、一体何なのよ!


 後日、私は護衛対象である王妃と聖女が絵本を読むそばで、内心とてつもなくイライラしていた。


 認めたくはないが、わたくしの魅了はあの男には効かないらしい。

 普通の男であれば、私が眼を見ただけで心に下心とも言うべき隙が、必ず生じるのだ。

 その隙は扉の隙間のようなもので、そこにわたくしの魔力を流し込んで魅了するのだが……国王の場合、心の扉がこれでもかというぐらいガッチリと硬く閉まって、魔力を流し込むところまでいかないのだ。


 まさに門前払いとでも言える悲惨な結果に、私は歯ぎしりした。


 なんなの……!? もしかして本当に不能? あるいは女性に興味がない?


 不能ならと国王が好きそうな剣術の話題を振って、乗ってきたはいいものの、やはりわたくし自身にはこれっぽっちも興味ないのが丸わかりだ。


 でも王妃エデリーンにはあんなにデレデレしたわよね?

 だとしたら、王妃一筋すぎてわたくしの魅了が通じないっていうこと?

 そんなばかな!


 そこまで考えて、わたくしはギリッと唇を噛んだ。


 ただの人間にわたくしが負けるだなんて、あってはならないわ! きっと加護が何かついているのよ。知らないけどきっとそう。


 この間廊下でショコラに脅された時、聖女のまわりはわたくしが思っているよりずっと守りが堅固と言っていたけれど、あながち嘘ではないのかもしれないわ……。

 まずいわね。何か打開策を考えないと。


 そうやってわたくしが考えている間に、気付けば王妃が扉の方へと向かっていた。

 すぐさまお供しようとするわたくしに、王妃が制止をかける。


「あ、リリアンはここに残ってくれるかしら?」

「ですが」


 わたくしはあなたの騎士です。そう言おうとするわたくしに、王妃が首を振った。


「今回はね、ハロルドと秘密の相談事をしたいから、あなたにはお留守番してアイを守っていてほしいの。大丈夫よ、代わりにオリバーを連れて行くから」


 言って指さしたのは、今日いた双子騎士のオリバーだ。

 さすがのわたくしも、主の命には逆らえない。

 何やらニコニコしながら王妃と騎士が部屋を出ていくと、部屋の中にはわたくしと聖女アイのふたりきりになった。どうやら侍女たちもそれぞれの仕事でいないらしい。


 う……。まずいわね。


 わたくしはちらりと横目で聖女アイを見た。聖女は絵本に夢中らしく、ひとりで一生懸命、赤い妖精が描かれた絵本を読んでいる。


 ふぅん、五歳って絵本読めるのね……。人間の子どもなんて全く興味がなかったから初めて知ったわ。


 観察していると、ふいに聖女アイがこちらを見た。

 大きな黒い瞳とバチッと目があって、わたくしはあわてて目を逸らす。


 うっ、まずいわ……。前も言ったけれど、わたくしは子どもが大の苦手なのよ。

魅了は効かないし、泣くし、うるさいし、言うことはきかないし、いいことなんてない。


 だからどうかこのまま放っておいてほしい。


 けれどわたくしの願いはむなしく、聖女は座っていた椅子からぴょんと飛び降りると、とてとてとわたくしの方に向かって歩いてきた。こういう、遠慮がない所も苦手なのよ。


「りりあんさま」


 けれど苦手だからといって、無視はできない。この年頃の子どもは親に告げ口するのだって得意なのだ。わたくしは無理矢理笑顔を作った。


「アイ王女殿下。わたくしのことは様付けではなく、呼び捨てで大丈夫でございますよ」

「なら……りりあんおねえちゃん?」


 お姉ちゃん。それもどうなのかしらと思いつつ、わたくしは答えた。


「はい、なんでございましょう」


 目の前でわたくしを見上げる聖女は、見た目は本当にただの子どもだ。

 もちろん、大きな瞳に形良い鼻、子ども特有のぷるんとした唇など、ひとつひとつが完璧に整った美少女であることは間違いない。だが、それだけだ。

 先代聖女であるサクラ太后陛下のような、見るものを圧倒するような気品や威圧感はない。正直、この小さな少女が聖女だと言われても、あまりピンとこない。


 そんなことを考えているわたくしの前で、聖女アイはちらりと横に視線を走らせた。


 そのままキョロキョロと部屋の中を見回す。……まるで、自分達以外に誰かいないか、確認しているようだ。


 けれどわたくしと聖女の他にいるのは、猫のふりをしているショコラだけ。


「どうされましたか?」

「あのね、あの……」


 まだ念入りに部屋の中を確認しながら、聖女がそっと近づいてくる。


「おみみ、かしてくれる?」

「承知いたしました」


 誰もいないのに、内緒話?

 まあ、このくらいの子どもならよくあるのかしら。ごっこ遊びの一種かもしれないわね。


 そう思いながら付き合いで耳を差し出したわたくしに、聖女アイは囁いた。


「あのね……りりあんおねえちゃんって……“まもの”なの?」


 ――その瞬間、わたくしは弾かれたように後ろに飛びずさっていた。


 なんっ……! なんで⁉ どうしてその単語が⁉


「な、なんのことでしょう……⁉」


 平静を装ったつもりが、少し声が上ずってしまう。

 完全に不意打ちだった。


「あのね、アイ、『まものたんち』っていうすきるがつかえるから、ぜんぶわかるんだ」


 魔物探知!?

 確か聖女はスキルと呼ばれる特殊な技を使えると聞いたことがあるけれど、もしかしてそのひとつなのかしら!?


 ついさっきまでただの子どもだと思っていた目の前の少女が急に恐ろしく見えてきて、わたくしはごくりと唾を呑んだ。





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体調不良でゲッソリしていたら昨日が更新日なのを忘れていました(照)


\リリアン、アイにも速攻でバレる/

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