【3巻8/9】聖女が来るから君を愛することはないと言われたのでお飾り王妃に徹していたら、聖女が5歳?なぜか陛下の態度も変わってません?
第77話 見ていなさい。ふたりとも。 ◆――キンセンカ(リリアン)
第77話 見ていなさい。ふたりとも。 ◆――キンセンカ(リリアン)
……危ないところだったわ。
国王ユーリの叱責を聞きながら、わたくしは内心ほっとしていた。
あの厄介な大神官がいなくなってから、実はずっと陰からふたりを監視していたのよ。
いつもだったら、たかがくちづけぐらい好きなだけすればいいと思うのだけれど、このふたりは……このふたりだけは、なぜかくちづけすらさせてはいけないと思ったの。
うまく言えないけれど、サキュバスとしての勘とでも言うのかしら?
だから咄嗟に腰のベルトをゆるめ、剣を落としたという体で邪魔することにしたのだけれど……。
わたくしはまだ照れている様子の国王ユーリと王妃エデリーンを見つめた。
このふたり……。
わたくしが現れた時の驚きっぷりといい、今目の前でもじもじしている様子といい、もしかしてもしかしてなんだけれど、まだ一度もくちづけを交わしていないとでも言うの?
マクシミリアンからの情報でふたりは白い結婚を継続中というのは知っていたけれど、まさかくちづけも?
一回もしていないとでも? 本当に???
わたくしはじっとふたりの様子を観察した。
国王は顔を赤らめてわざとらしく遠くを見ているし、王妃だって落ち着かなさそうにドレスの裾をいじいじといじっている。
そこに漂う空気には確かに“結ばれる前のふたりだけが醸し出せる特有の甘酸っぱさ”とでもいうべき香りがあるけれど……。
――だとしたら、厄介ね。早めに強い手段に移らなくては。
私はキッと目を険しくした。
悔しいけれど、わたくしの魅了が通じないのはきっと、国王ユーリには何かしらの加護がついているのでしょう。聖女アイはもちろん、あの大神官だってそばにいるんだもの。
でも、わたくしだってまだ本気を出していない。目を見つめるだけじゃだめだというのなら、この豊満な肉体を使うまでよ。
見ていなさい。ふたりとも。
私は目の前でまだ恥ずかしがっているふたりを見ながら、心の中で闘志を燃やしていた。
◆
その後もわたくしは、純情な護衛としてじっとつけ入る隙を伺っていた。
王妃エデリーンはわたくしが用意したかわいそうな身の上話をすっかり信じているせいか、あるいは元々の人柄がいいせいか、わたくしを警戒している様子はない。
さらに、わたくしにはもうひとつ都合のいいことが判明した。
王妃エデリーンは聖女アイと寝食をともにしていて、聖女が寝る時には王妃はもちろん、国王ユーリも一緒に寝室へと消えるの。
けれどしばらくして聖女アイが寝た後は、国王だけが寝室を出て執務室へ向かうことがよくあったのよ。きっと溜まっている政務を片づけているのでしょうね。
だからわたくしはその時に、「ちょうど仕事がおわった」体で、国王とふたりきりになるチャンスを得られるというわけだった。
――まずは、最初の夜。
夜勤の騎士と交代したわたくしは、国王の執務室へとつながる廊下の一角に身をひそめ、パパっと身支度を整えると、じっと国王を待った。
しばらくして、聞き覚えのある足音が聞こえてくる。
といってもそれはほぼ無音に近い、むしろ他の生き物に自分の存在を知られないよう、細心の注意を払っている足音だ。
そんな風に歩くのは、この王宮でもひとりしかいない。国王ユーリだ。きっと騎士団長として魔物と戦い、その際に見についた足運びなのだろう。
サキュバスであるわたくしは耳だけではなく、人間の気配を感じ取るための器官がすぐれているから、国王ユーリが多少気配を消そうとも、やすやすと見つけられるのだ。
わたくしはタイミングを見計らうと、ここぞという場面で飛び出した。
すぐさまドン、と体と体がぶつかる。
「きゃっ!」
わたくしはわざとらしくその場に尻餅をついてみせた。一方、ぶつかられてもビクともしなかった国王が、驚いた顔でわたくしに手を差し出してくる。
「すまない。ケガはないか?」
「こちらこそ申し訳ありません……! 不注意でしたわ」
わたくしはその手を取りながら、こてん、と首をかしげてみせた。
その拍子に下ろした髪がふわりと広がり、香しい花の芳香が廊下に広がる。
これは香水ではなく、サキュバスのフェロモンよ。視線に負けず劣らずの効果を持つ、強力な香りでもある。
さらに仕事中と違って軽く着崩されたシャツの胸元からは、解放された豊かな胸が、やわらかで魅力的な谷間を覗かせている。瞳は熱っぽく潤み、ぷるりとした唇も、廊下の明かりに照らされてこの上なく色っぽく輝いているはずだ。
この状況で考え得る限り最強の手札を持ったわたくしは、内心で勝ちを確信していた。
さあ、国王ユーリよ。わたくしを見なさい。
一瞬でも心の扉をゆるめたが最後、あなたはわたくしの虜よ!
「わたくしは大丈夫です。それにしてもまさか、こんなところでユーリ陛下にお会いできるなんて……」
瞳にいつもより強めの魔力を込め、ぽっと顔を赤らめて見上げれば、そこにはわたくしの色香に驚き、目を見開いた国王ユーリの姿が――。
……なかった。
「ケガがないようでよかった。それでは」
国王には私の姿など映ってないのか、にこりとも微笑むことなく、目を合わせることなく、手がパッと離された。そのままわたくしの横を通り過ぎ、スタスタスタスタ……と足早に歩いて行く。
「……は? えっ?」
わたくしは何が起きたのか理解できなくて、遠ざかっていく国王の背中をポカン……と見つめていた。そこへ、どこからやってきたのか、全然見知らぬ騎士がわたくしのそばに立っていた。
「リ、リリアンさんですよね? 大丈夫ですか? お怪我は?」
声をかけてきた騎士の頬は赤く、ハートを浮かべた瞳はわたくしの胸元に熱く注がれている。
そう、まさにわたくしが先ほど、国王ユーリに望んだ反応の通りに。
……でも。
「あなたじゃないわよ‼」
わたくしは吠えると、カッカッと肩を怒らせてその場を立ち去った。
次の日。
夜勤の騎士と交代した私は、カリカリと爪を噛みながら国王ユーリを待ち伏せしていた。
あの男……鈍い鈍いとは思っていたけれど、まさかわたくしの色香にぴくりとも反応しないなんて、完全に想定外だわ。今までそんな男がいたかしら? いえ、いなかったわ。
だとしたらあの男はなんなの? もしかして不能なの? だとしたらこの上なく厄介だし、まだ若いのに気の毒ね……。
そうしているうちに、また国王ユーリがやってくる気配がした。
わたくしはきゅっと襟元を正すと、国王の前に飛び出した。
お色気がダメでも、諦めるのはまだ早い。もしかしたら特殊性癖があるのかもしれないと思って、そのために女騎士として侵入してきたんですもの。
前回から一転して、今度は真面目な女騎士の表情で攻めてみるわよ。
「ユーリ国王陛下」
顔を輝かせるわたくしに、国王ユーリが一瞬驚いて立ち止まる。が、すぐに誰かわかったらしく、小さくうなずいた。
「ああ、君か」
そう呟くと、国王はまたすぐさまわたくしから視線をはずそうとした。
でも、そうはさせないわ!
わたくしは国王ユーリが歩き始める前に、用意したとっておきの単語を出した。
「都に来てから知ったのですが、剣にはこんなにたくさん流派があったのですね!」
その言葉に、国王ユーリの足がぴたりと止まり、視線が再びこちらに向けられる。
「わたくしは運よく、一番有名な流派を学べたのですが、ユーリ陛下の剣術はそれとは違うと感じました。一体どこの流派でございましょう?」
「流派か……。そういえば騎士団で面倒を見てくれた師匠に教わったものだが、これがどこの流派なのか、あまり深く考えたことがなかったな……」
よし、乗って来たわ!
やはりこの男は、お色気よりも仕事の方で責めるのが正解だったのね。なんとしてでもこの機会をものにしないと!
「そうなのですか? わたくし、その剣術にとても興味がありますわ。もちろん、わたくし如きが身に着けられるとは思っておりませんが、剣の腕を磨くため、ぜひご教授いただけたらと……!」
「そうなのか。構わないが」
帰って来た返事に、わたくしはパッと顔を上げた。
「まあ! まさかユーリ陛下が直々に教えてくださるなんて――」
「なら君に教えるよう、ハロルドに言っておこう」
「えっ」
は、ハロルド? 誰それ?
国王ユーリが教えてくれるわけではないの?
硬直するわたくしに、国王はかつてみせたことのないような爽やかな笑みを浮かべた。
「ハロルドは口こそ悪いが、ああ見えて面倒見はいいんだ。教えるのも上手だし、君も彼に教わればきっとすぐに上達する。私から話をつけておくから、思う存分学んできてくれ」
ニコニコした国王の言葉から感じ取れるのは、悪意や含みのない、完全なる善意だ。
「あっ。えっ」
「君が強くなってくれれば心強い。私がそばにいない間、代わりにエデリーンを頼んだぞ」
言って、国王ユーリがわたくしの話も聞かず、「では」と手を上げる。
かと思うと、さっさと歩いていってしまった。
残された私はぽかん……と口を開けて、その場に立ち尽すほかなかった。
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