第66話 美貌の女騎士ね!?

 リリアン様の長いピンクブロンドは、頭の後ろでポニーテールとしてくくられ、服もドレスではなく鎧をまとっている。美しい顔に祝賀会のような華やかな化粧はないものの、それがかえって彼女の自然な美しさを引き立てていた。


 驚いたわ! この方、美しい方だからてっきり良い結婚相手を探しに来ていたのかと思っていたのだけれど、まさか騎士だったなんて!

 いわゆる、女騎士というものよね?


 私はまじまじと見つめた。


 マキウス王国に女騎士が全くいないわけではないけれど、少なくとも私の知り合いにはいない。たまに見かける女騎士は男性と見まごう程髪が短く、また雰囲気もどこか荒々しさがあったため、そういうものなのかと思っていたのだけれど……。


 しかも、彼女が私の護衛騎士?


「ママ?」


 目を丸くする私を、アイが不思議そうな顔で見上げてくる。


 あっそうだった。アイの編み込みを見せに来たのよね。

 でもなんだか、そんな雰囲気ではなさそう……?


 私はしゃがむと、アイと目線を合わせた。


「アイ、ごめんね。ママはパパたちとお話をしなきゃいけないみたいなの。少しお部屋で待っていてくれるかしら」


 途端に、垂れたウサギ耳のようにぴょこぴょこ揺れていたアイの髪が、一束ひとたばへにょりとしおれた。


 最近気づいたのだけれど、アイの髪でこの部分だけ、まるで意思を持っているみたいに動いている時があるのよね……!


 じっと観察していると、アイの下唇が不満げににゅっと突き出される。その小さな唇はつやつやでぷるぷるだ。


「わかったよぉ……」


 そのまましょぼしょぼと肩を落としたアイは、ついてきた侍女たちに手を引かれて、トボ……トボ……と部屋を後にする。


 あああ! ごめんねアイ……!


 私はくっと唇をかみしめた。


 本当はすぐユーリ様に編み込みを見てもらいたかっただろうに、わがままを言わずにこらえたアイは本当にがんばったと思う。


 肩を落として歩く姿も本当に健気で……かつ、しょぼしょぼしたアイの可愛さといったら!

 ごめんね、アイが落ち込んでいるのにこんなことを思ってしまって……!

 帰ったらすぐにぎゅうっと抱きしめるからね!


 相反する気持ちに心の中で謝っていると、扉が閉められて部屋の中が大人だけになる。


 私はユーリ様の方に向き直ると、マクシミリアン様やリリアン様たちを見た。


「それで、私の護衛騎士にというのは?」

「今まで、エデリーンには専属騎士がいなかっただろう? 双子騎士は君専任というわけではなかったし」

「彼らは私ではなく、アイの護衛騎士ですものね」


 うなずきながら思い出す。


 双子騎士のオリバーとジェームズは、あくまでもアイの護衛騎士だ。

 ふたりいる上に私とアイはいつも近くにいるから、ついでに私も守ってもらっているだけで、決して私の騎士というわけではない。


「と言いましても……」


 私は首をかしげた。


「今はアイのおかげでとても平和ですし、この国で一番お強いユーリ様も私のそばにいますから、あまり必要性を感じないのですが……」


 私の言葉に、一瞬ユーリ様がふふっと嬉しそうに顔をほころばせる。

 けれどすぐに表情を正して、ごほんと咳ばらいをした。


「確かに今は平和だが、完全なる平和が訪れたわけではないと思っている」

「完全なる平和……」


 その言葉に、私は先日開催された祝賀会を思い出していた。


 祝賀会にはマキウス王国の貴族たちが集まり、錚々たる面子が揃っていたと思う。けれどその場にいる全員友好的だったかというと、実はそうでもない。


 特にサクラ太后陛下の長男であるラウル殿下、こと、現エーメリー公爵がその筆頭だ。


 彼は王位争奪戦に敗れ、自分が就く予定だった玉座をユーリ様に奪われたのがよっぽど気に食わなかったらしい。

 会う度に冷ややかな視線を投げつけられるし、祝賀会も体調不良を理由に欠席して、サクラ太后陛下が代わりにユーリ様に謝っていたくらいだもの。


 だからと言って、彼が今さら王位を簒奪しようとしたり、私に危害を加えたりというのは想像しにくいのだけれど……。


 私がそう考えているのを、ユーリ様も読み取ったのだろう。


「万が一だ。元々君には護衛をつけようと思っていたし、そこへ折よくリリアン嬢からの志願があってね。デイル伯爵によれば、彼女はかなり腕が立つそうだ」


 ユーリ様の言葉に、マクシミリアン様がうやうやしく頭を下げる。


「リリアンの騎士としての腕は私が保証しますよ。それにアイ王女殿下も、近くにいかめしい男性が増えるよりは、女性の方が親しみやすいのではないかと思いまして」


 その言葉に、私は考え込んだ。


 確かに、もう男性騎士がふたりもいる中に、もうひとり男性騎士が加わったら一気に威圧感が増すだろう。アイも、もしかしたら怯えるかもしれない。

 けれど一見すると全然騎士には見えない、むしろたおやかなリリアン様だったら、そういう懸念はなくなるはずだ。


 そう考えると悪い話ではないかもしれないわね……。


 私が悩んでいると、カチャリと鎧の音を響かせながら、リリアン様が進み出た。

 その顔には優しげな笑みが浮かんでおり、鎧を着ていなければとても騎士とは思えないほど美しく可憐だ。


「突然の志願で、エデリーン様もさぞ驚かれたでしょう。私の腕にも不安があるはず。よければ今から稽古場に行って、私の剣を確認してみませんか?」

「稽古場に?」


 リリアン様の提案に、私は目を丸くした。


 というのも、実はちょっと興味があるの。

 こんなに美しい見た目をした女性がどんな風に戦うか、想像ができないんだもの。

 それに鎧は体型に合わせた特注のようだけれど、彼女の豊かな胸も邪魔にならないようしっかり潰されていて、なんていうのかしら……本気度合を感じるのよね。


「ええ、ぜひ稽古試合を。そして可能であれば、ユーリ国王陛下と剣を交えてみたく思いますわ」

「私と?」


 今度はユーリ様が目を丸くする番だった。


「構わないが、剣の場は皆真剣だ。女性だからといって手加減などできないが」

「望むところです」


 にっこりと微笑んだ様子からして、相当自信があるらしい。

 その頃には私も好奇心でうずうずとしていた。


「私、ぜひ見てみたいですわユーリ様」

「エデリーンがそう言うのなら構わないが……それなら稽古場に移動しようか」

「あっユーリ様。アイを呼んでもいいでしょうか? きっとあの子も見たがります」


 今頃アイは、三侍女たちに慰められながら部屋でふてくされているだろう。それとも案外、けろりとして違うことで遊んでいるかもしれない。


 どちらにせよ、アイはユーリ様の稽古を見るのが好きなのだ。今回も連れて行けば、きっと喜ぶはず。


「もちろんだとも」


 ユーリ様の返事に、私は嬉々としてアイを呼びに行った。

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