第65話 近衛騎士?
「ママみて! このあいだのリボン、もらったの!」
そう言いながら、部屋の中で嬉しそうな顔のアイがその場でくるりと回る。
ふわっと宙を舞う柔らかな黒髪には、先日の祝賀会で結われた赤いリボンが編み込まれていた。どうやら侍女が結んでくれたらしい。
「素敵! ドレスの時もよかったけれど、今もとってもよく似合ってているわ!」
私はニコニコしながら拍手をした。
今日のアイは青いワンピースを着ていて、服の青地と赤いリボンがよく映えていたの。
アイはしばらくくるくると回ってから、パッと私の方を見た。
「ねえママ、アイもじぶんでリボン、むすべるようになりたい!」
言いながら編み込んだリボンをぽふぽふと叩き、ふんすふんすと鼻息荒く言う。その瞳は黒曜石のように輝き、やる気に満ち溢れていた。
その姿に、私はまたくすりと笑う。同時に、とてもまぶしい気持ちで見ていた。
人は大人になるにつれ、自然に、あるいは外からの圧によって外面を取り繕うことを覚える。
令嬢なら「淑女らしく」という言葉のもと、声を立てて笑うことも、感情をあらわにすることも全て禁止されていく。
けれど、今のアイにそんな大人の事情は一切影響していない。
アイはただ感情のままに笑い、好奇心の赴くまま目を輝かせているのだ。
その姿はイキイキとした生気に満ち溢れ、見ている大人まで心があたたかくなるような、そんな輝きがあった。
……そういえば子どもの頃って、毎日のささいなことがとっても楽しかったのよね。花びら一枚に大喜びして、雪が降っただけではしゃいで……大人になるにつれ、そんな気持ちをすっかり忘れてしまっていたわ。
思い出して私は微笑んだ。
本当にアイはすごい。何気ない日常を、すべてキラキラしたものに変えられる力を持っているんだもの。これは聖女の力……というよりも、子どもの持つ力なのかしら?
「じゃあ、侍女たちにお願いして教えてもらいましょうか? せっかくだから、ママも一緒に教えてもらおうかしら」
その言葉に、またアイがぱぁぁっと顔を輝かせる。
「うん! ママもいっしょにやろ!!!」
言って、アイが嬉しそうにぎゅうっと私に抱き付いた。
アイはひとりでやるより、私やユーリ様と一緒に何かをするのが大好きなのよね。そしてそれは私も一緒だった。
アイと一緒に過ごす時間はすべて、かけがえのない宝物だった。一緒にご飯を食べたこと、抱き合って眠ったこと。小さなことひとつひとつが、思い出の一ページとして私の心に深く刻まれている。
そこへ、私たちの会話を聞きつけた三侍女たちがわらわらと集まってくる。
「あっ。じゃあアイ様には私が教えますね!」
「ずるい! あたしがアイ様に教えたいのに!」
「じゃあアタシはエデリーン様に教えま~す」
「ちょっと抜け駆け!」
誰に教えるかで、侍女たちが喧嘩する。それを苦笑しながら見ていると、ようやく担当が決まったらしい。勝ちをもぎ取った三侍女のひとり、赤毛のアンがぜぇぜぇしながら言う。
「編み込み……と行きたいところですが、まずは三つ編みで練習してみましょうね!」
三つ編み、懐かしいわ。
昔、髪の結い方を覚えたい! と言ったことがあったのだけれど、家庭教師に「それは侯爵令嬢がやることではありません」と怒られてそれきりだったのよね。
私がそんなことを思い出しながら編む横では、アイが眉間にしわを寄せ、ツンと唇をとがらせながら、真剣そのものの顔でもくもくと編んでいる。
ふふっ。アイったら、真剣になっている時は、いつも唇がとんがっちゃうのよね。
その姿もまた愛らしくて、私はまた笑った。そんな私の笑い声に気付かないほど、アイは集中している。
部屋の中は寒いながらも、暖炉ではパチパチと火が爆ぜ、あたたかく穏やかな空気が流れていた。
やがて試行錯誤の末、アイはなんとか私の髪に編み込みを作ることに成功した。
鏡で見ると、多少よれてはいるものの、初めてにしてはとても上手にリボンが編み込まれている。ツインテールに使っていたリボンのうちの一本を、私につけてくれたらしい。
「可愛いわ! ありがとうアイ。ママ、とっても嬉しい」
抱きしめながら褒めると、アイがえへへへ、と嬉しそうにはにかむ。
「せっかくだからこれ、パパに見てもらおうか?」
時刻はそろそろお昼時。ユーリ様の午前中の政務も落ち着く頃だ。
最近はユーリ様も以前よりずっとパパらしくなってきたから、きっとアイのことを褒めてくれるはずよ。
「うん! みせにいく!」
まるでウサギが跳ねるように、アイがぴょんとその場で跳ねた。
それから私たちは手をつなぐと、一緒にお歌を歌いながらユーリ様の執務室へと向かう。
やがてたどり着いた部屋では……。
あら? 中から話し声がするわ?
私は一瞬ためらった。
お仕事の邪魔をしては悪いし、出直そうかしら……?
でも、私が悩んでいるその時だった。
アイがコンコンコンッと軽快にノックをしたかと思うと、返事が返ってくる前にガチャリと扉を開けてしまったのだ。
「あっ」
しまった。アイに待つよう、言うべきだったわ……!
「パパ~! みて!」
焦る私とは反対に、満面の笑みのアイが部屋に入っていく。私はあわてて後を追いかけた。
「ごめんなさい、お客様がいらっしゃるのなら後で出直してきま――」
そこまで言ってから、私は中にいる人物に気付いて目を丸くする。
ユーリ様の執務室に立っていたのは、先日の祝賀会で会ったマクシミリアン様と遠縁の親戚、リリアン様だったの。
ただし彼女はドレス姿ではなく――騎士? のような恰好をしている。
「エデリーン、ちょうどいいところに」
私の顔を見たユーリ様が、気を悪くした様子もなくにこりと微笑む。
「先日会ったリリアン嬢が、君の近衛騎士になりたいと志願しているんだ。女性同士なら安全だし、どうだろう。この機会に考えてみないか?」
「えっ?」
予想外すぎる言葉に、私は思わず驚き声をあげていた。
リリアン様が……私の近衛騎士に?
私はまじまじと彼女を見つめた。
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