第64話 あら? この女性……

 いかにも貴族然とした細く優雅な立ち姿に、甘い顔立ち。

 かつての婚約者であるマクシミリアン・デイル伯爵が、微笑みながら私たちに挨拶をする。


「国王陛下と王妃陛下に、ご挨拶申し上げます」


 ……しまったわ。ここ最近アイに夢中ですっかり忘れていたけれど、貴族たちが集う祝賀会ということは当然、彼も参加しているのよね。


 私がマクシミリアン様に突然婚約解消を言い渡されてから、もう三年。

 時間薬のおかげで彼のことを思い出さないようにはなっていたけれど、それでも極力会いたくない人物であるのは変わらない。


 かといって無下に扱うこともできないため、私は大人の対応として、何事もなかったかのようににこりと微笑んだ。


「ごきげんよう、デイル伯爵」


 挨拶をして、ちらりとマクシミリアン様の隣に立つ女性を見る。


 流れるようなピンクブロンドに、色っぽく潤んだ大きな瞳。卵型の顔はつるんとしていて、濡れたように光る唇は赤く艶っぽい。


 出るところは出て、くびれるところはくびれた彼女は、人目を惹きつける絶世の美女だった。


 当時は婚約を解消されたことがショックすぎてそれ以外何も考えられなかったけれど……祝賀会に連れてくるということは、この人が私を捨ててまで乗り換えた女性ひとなのかしら?


 でも……それにしては見たことがない顔だわ。社交界のご令嬢は大体みんな知っているはずなのだけれど……。


 考えながら私はユーリ様の言葉を待った。

 マクシミリアン様も私も挨拶をした。となると最後に残るのは、国王であるユーリ様だけ。


 ……。


 …………。


 ………………あら?


 けれど待てど暮らせど、ユーリ様からマクシミリアン様に対して一向に声がかからない。どうしたのかしら?


「ユーリ様?」


 私が不思議に思って彼の顔を見上げ――目を丸くした。


 ユーリ様は今まで見たことがないほど、冷たい瞳でマクシミリアン様を見ていたの。即位したばかりの頃の無表情とは違う、軽蔑が込められた瞳……とでも言うのかしら?


 そんな顔のユーリ様は初めて見る。


「あの、ユーリ様……?」


 私が戸惑いながらユーリ様の腕に触れると、彼はハッとしたようだった。

 すぐににこりと笑みを浮かべ直して、握手のためにマクシミリアン様に手を差し出す。


「すまない。少しぼんやりしていたようだ」


 口調は穏やかだけれど、その目はあいかわらず冷ややかだ。

 異変を感じ取ったマクシミリアン様も戸惑っている。

 それには構わず、ユーリ様が続けた。


「デイル伯爵と話をするのはこれが初めてのはずだが、私はまだ社交界のことに疎くてね。――隣の女性は奥方だろうか」


 うながされて、マクシミリアン様が隣の女性を見る。


「ああ、紹介が遅れまして申し訳ありません。彼女は僕の妻ではなく……遠縁の親戚なんです」


 遠縁の親戚? この方は、マクシミリアン様の奥様ではなかったの?


 思わぬ答えに驚いていると、紹介された令嬢がふわりと微笑んでお辞儀カーテシーをした。


 彼女は立っている時から美しかったけれど、微笑んだ表情はまさに美の化身と言ってもさしつかえないほど。微笑んだだけで辺りに花びらが舞い、気のせいか花のいい匂いまでしてきたようだ。……香水かしら?


 マクシミリアン様にこんなに綺麗な親戚がいたなんて初耳だわ。


「リリアン・ブレーリーと申しますわ。国王陛下、王妃陛下、ご挨拶できることを心より嬉しく思います」


 そう言ったリリアン様の声は鈴を鳴らしたように可憐で、私は思わず感心してしまった。


 だって顔から声から体型まで、非の打ち所のない完璧な美女だったんだもの。

 周りにいる貴族たちも老若男女問わずリリアン様に見とれているし、彼女がマクシミリアン様の奥方じゃないとわかった以上、これから求婚が殺到しそう。


「最近のデイル領はどうだ。魔物の被害や出現率は?」

「おかげさまで、すこぶる平和でございます。農作物の収穫量も上々で――」


 私がそんなことを考えている間に、ユーリ様とマクシミリアン様の間で領地の話が始まった。

 適度に相槌を打ちながら聞いていると、ふと、リリアン様がじっ……と熱っぽい瞳でユーリ様を見つめていることに気付いた。


 ……あら?


 私はそっとリリアン様を見る。


 若いご令嬢が尊敬と憧れをにじませてユーリ様を見ることはよくあるのだけれど、 リリアン様は、“ものすごく”という形容詞をつけてもいいほど、ユーリ様を見つめていた。


 大きな目を潤ませ、口元にうっすらと微笑みを浮かべている様子は、まさに恋する乙女そのもの。しかもリリアン様はとにかく綺麗な方だから、女の私ですら感動しちゃうほど可憐だ。近くにいる若い貴族男性が、ぽーっと見惚れている気持ちもわかる。


 私は密かに苦笑した。


 妻である私がいるのにこの見つめっぷりは、少し不作法ではある。とは言え遠縁の親戚と言っていたし、もしかして社交界にはあまり慣れていないのかもしれない。目くじらを立てて怒るほどのことでもない。


 そう思いながらも、ちょっと、本当にちょっとだけ、私は落ち着かない気持ちになっていた。


 だってこんなに綺麗な女性に見つめられたら……男性としてはやっぱり嬉しいものよね? ときめいたりするのかしら?


 ちらりとユーリ様を見上げると、彼はマクシミリアン様との話を続けていて、リリアン様の熱い視線には気づいていないようだった。


 それでも私は落ち着かなくて、そわそわしながらユーリ様の腕にかけた手にちょっとだけ力を込めた。

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