第63話 ユーリ様、立派になられましたね……!
新年の祝賀会は、夜の訪れとともに始まった。
本来アイの年齢で舞踏会に出ることはないのだけれど、そこは皆の象徴である聖女。
開会の挨拶だけ、特別に出ることになったの。
皆が注目する壇上で、私たちは先日出来上がったばかりのお揃いのドレスを纏っていた。
深紅のベルベット生地は上品かつなめらか。そこに、金糸の刺繍がさらに豪華さを添えている。
今回は髪をツインテールに結ってもらったアイも、両方の髪に大きなベルベットの赤リボンをつけて、嬉しそうに髪をふりふりと揺らしていた。
「えへへ。リボンも、ママとおそろい!」
「ママも頭に結ってもらったものね」
私はさすがにツインテール……というわけにはいかなかったけれど、上品に結ってもらったアップヘアの一番上には、アイとお揃いのリボンが編み込まれている。
「アイ、見て。実はパパも、腰のところに結んであるリボンがお揃いなのよ」
私の声に、アイもユーリ様を見る。
彼はジャケットが黒、ズボンが白の礼服に、私たちのドレスと同じ素材を使った真っ赤なマントを纏っている。
真っ直ぐ伸びた背筋に、ぴしりとした礼服を着こなすユーリ様は国王らしい威厳に満ちていた。その腰の部分にさりげなく編み込まれたリボンは、私たちと一緒だ。
「わぁっ! ほんとだ!」
気づいたアイが、手で口を覆ってくすくすと笑う。
おめかしして、そしてたくさんの人が集まっている場で、アイは少し興奮しているようだった。けれど怯えることなく楽しんでいる姿を見て、私は微笑んだ。
ここに来たばかりの頃は大人がいるだけで怖がっていたんだもの。こうして堂々と立っていられるようになるなんて……本当に子どもの成長はすごいわ。
この祝賀会は舞踏会と同じ時間に行われていることもあって、アイは挨拶が済んだらすぐに退場する予定なのだけれど、少しでも楽しんでもらえるのならそれに越したことはない。
そばでは金色のドレスを身に着けたサクラ太后陛下と、同じく金色の礼服を着たホートリー大神官もニコニコとアイを見守っていた。
「帰る時には、出されている料理をちょっと持ち帰らせてもらいましょうね」
「うん!」
「エデリーン、アイ。そろそろ始めよう」
そこへ、ユーリ様が手を差し出してくる。
いよいよ祝賀会が始まるのだ。
私たちは三人で手を繋ぐと、会の始まりを待っている貴族たちの前に進み出た。
それからユーリ様がゆっくりと、それでいて威厳のある声で朗々と語り掛ける。
「――こうしてまた、皆とともに祝賀会を開けることを心より嬉しく思う。これからも我々とともに、聖女アイを見守り、そして良き家臣として支えていってくれることを期待している。――乾杯」
「乾杯!」
挨拶を終えると、皆が一斉にグラスを突き出した。
アイも、「かんぱーい」とグラスを突き出しているけれど、その中に入っているのはもちろん林檎ジュースだ。
アイが一息でジュースを飲みほしたのを見てから、私は皆に向かって言った。
「それでは夜遅くなってもいけませんので、聖女はこれで退出させていただきますわ。また今度お茶会を開きますから、その時にぜひご挨拶させてくださいませ」
本当は挨拶ぐらい……と思わなくもないのだけれど、祝賀会には国の名だたる貴族たちが集まっている。ひとりひとり挨拶をしていたら、それだけであっという間に時間が経ってしまうもの。
このことはあらかじめ貴族たちにも告知してあるため、反対の声を上げるものはいない。アイが緊張しながらぺこりとカーテシーを披露すると、あたたかく優しい視線とともにパチパチと拍手が起こる。
すぐさま控えていた三侍女のアン、ラナ、イブの三人とともに、アイは会場を後にした。
その姿を、私は名残惜しそうに見ていた。
ああ……!!!
私もアイと一緒に帰りたかった……!!!
元々舞踏会は好きでもなければ嫌いでもなく、貴族の義務として参加しろと言われればそつなくこなせる程度には慣れている。
ただ、アイをひとりにする……ううん、アイから離れることに、私が耐えられなかったのよ!
私はくぅっと拳を握った。
毎日の寝かしつけは、他の誰でもない私にとっての癒しなのに!
あの小さな体をぎゅっと抱きしめて、トントンしながら安らかな眠りにつくのを見守るのが、至福の時間なのにっ!!!
くうぅっ……となおも拳をギリギリ握っていると、ユーリ様がそばにやってきて手を差し出した。
「エデリーン、気持ちはわかる」
「ユーリ様っ……!」
さすが、ユーリ様。
私たちは、ともにアイを守り育て愛でる同志として、がっしりと手を握った。
そうね、アイがあんなにしっかりと務めを果たしていたのに、私が子どものように駄々をこねている場合ではないわ!
ここは聖女補佐として王妃である私が、しっかりしなければ!
貴族たちにアイの愛らしさ、美しさ、賢さ、おちゃめさ、めでたさを余すことなく語り、アイがいかに素晴らしい聖女なのか、存分に知ってもらわないと!
私は王妃らしくピシッと背筋を伸ばして優雅に微笑むと、ユーリ様の腕にするりと手を絡ませた。
「では、挨拶を」
私たちの準備ができたことを悟った貴族たちが、すぐに列をなす。それを私とユーリ様が順番に対応していった。
「貴殿のおかげで、
そう大臣に向かって微笑むユーリ様は、若い王らしい威厳と慈愛に満ちていた。浮かんだ微笑みも凛々しいながら穏やかで、『軍人王』と呼ばれ恐れられていた頃よりずいぶんと柔らかくなっている。
挨拶に来た侯爵夫妻に付き添っていたご令嬢が、ポーッと頬を赤らめてユーリ様を見ていた。その様子を見ながら私は微笑む。
ふふ。ユーリ様も以前とは見違えるほど立派になられましたね……! 最初の頃は本当に態度が冷たくて怖かったのだけれど、自然と笑顔を作れるようになっている。やっぱり日頃から子どもと接していると、表情が柔らかくなるのかしら。
私たちはその後も貴族たちと挨拶を交わしていった。
どこの領地でも聞くのは魔物がやってこなくなったというめでたい話ばかり。農作物が被害に遭うことも減ったし、何と言っても死亡者数の減少は、去年とは比べ物にならないほどだ。
アイを褒められる度に、私とユーリ様はそろってニコニコとした。
あとでアイにも、たくさん褒められていることを伝えなくっちゃね……!
そう思っている私たちに、次の貴族がやってきた。
「ごきげんうるわしゅう――」
と目線を上げて、私はハッと息を呑んだ。
ピンクブロンドの美女を連れて私の目の前に立っていたのは、さらさらの金髪に、少し濃い目の青い瞳。
甘い顔立ちをしたその人は、かつての婚約者であるマクシミリアン・デイル伯爵だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます